「ゲッサン」創刊とあだち兄弟を彷彿させる『QあんどA』​​(前編)| 碇本学 | PLANETS/第二次惑星開発委員会

宇野常寛責任編集 PLANETS 政治からサブカルチャーまで。未来へのブループリント

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  • 2022.05.27
  • 碇本学

「ゲッサン」創刊とあだち兄弟を彷彿させる『QあんどA』​​(前編)| 碇本学

ライターの碇本学さんが、あだち充を通じて戦後日本の〈成熟〉の問題を掘り下げる連載「ユートピアの終焉──あだち充と戦後日本の青春」。
今回は「ゲッサン」創刊号から連載を開始した『QあんどA』を扱います。「サンデー」初の月刊誌ということで新人作家の育成を狙う編集部の意向もあるなか、良い意味で「肩の力が抜けた」ベテラン作家による本作の特徴とはどんなものだったのでしょうか。

碇本学 ユートピアの終焉──あだち充と戦後日本社会の青春
第22回 「ゲッサン」創刊とあだち兄弟を彷彿させる『QあんどA』​​(前編)​​

「サンデー」レーベルの月刊少年誌「ゲッサン」創刊

『QあんどA』は2009年5月に創刊された「ゲッサン」2009年6月号から2012年4月号まで約3年にわたって連載された(コミックスは全6巻が刊行)。現在同じく「ゲッサン」で連載中の『MIX』は2012年6月号から開始されており、二つの作品の間には二ヶ月しかなく、何度かの休載もあるものの、あだち充は2009年から2022年現在まで連載の主軸を「ゲッサン」に移していると言えるだろう。

この「ゲッサン」という少年漫画誌の創刊には『クロスゲーム』担当編集者だった市原武法が大きく関わっている。そのこともあって、「少年サンデー」において、いや小学館の漫画においてトップクラスの少年漫画家であり、もはやレジェンドクラスのあだちは創刊から『QあんどA』を連載することになった。

 僕が中・高生のころ好きだったのは「タッチ」「うる星やつら」「ジャストミート」「究極超人あ~る」「B・B」……。後ろのほうには尾瀬あきら先生の「リュウ」(原作・矢島正雄さん)というマンガが載っていたり、村上もとか先生の「風を抜け!」や「ヘヴィ」、吉田聡先生の「ちょっとヨロシク!」とか。今より連載本数は少なかったはずだけど、本当にすごい布陣だったと思います。若い作家も次々と出てくる印象があったし、新人とベテランのバランスも良かった。また、80年代の「サンデー増刊号」が新人の宝庫だったんですよ。島本和彦先生とか安永航一郎先生とか、どんどん新人が出てきて。

 「サンデー」というレーベルで究極の使命は「多くのマンガ家さんを世に出すこと」だと思うんですね。それで28歳のとき、初めて「ゲッサン」創刊の企画を出しました。「週刊」というサイクル以外でも「サンデー」のレーベルで世に出ていける新人作家さんを増やしたかったんです。
マンガ家さんには週刊連載ができない人っているんですよ。才能があっても物理的にどうしても週刊連載できない。それは持って生まれた執筆スピードの問題なので、本人のせいではないんです。ところが、「月刊少年サンデー」ってずっとなかったんですよ。「ジャンプ」や「マガジン」には月刊があるのに、「サンデー」には増刊しかない。ずっと、それをおかしいと思っていました。2009年に僕が35歳のとき、編集長代理になって創刊しました。

上記は「週刊少年サンデー:異例の宣言文 あだち充と高橋留美子は真意を見抜いた 市原武法編集長に聞く・前編」のインタビューの一部だ。

創刊した2009年時点では市原は「ゲッサン」編集長代理だったが、翌年には編集長に就任する。創刊に先立ち、公式サイト「ゲッサンWEB」を設立し、「漫画力絶対主義」をキャッチコピーとし、「男の子が自立するために絶対必要なふたつのキーワード」として「愛と勇気」を掲げた。また「サンデー」系列の雑誌の中でも、特に新人育成に力を入れており、月例賞である「GET THE SUN新人賞」で受賞した新人作家の読み切りを積極的に掲載したり、連載させていった。
「ゲッサン」編集長時代には『信長協奏曲』『からかい上手の高木さん』などを手掛けてヒットさせるなどその手腕を発揮し、「サンデー」レーベルにおける新世代を世に出すことに尽力していた。市原自身が少年時代に「少年サンデー」、および「サンデー」レーベルを満喫した団塊ジュニア世代であり、雑誌における「雑」を大事にしている編集者でもあった。そのため、ベテラン漫画家と新人漫画家のバランスに関して、自身が関わる「サンデー」レーベルがうまくいっていないと感じていた。そのため、「ゲッサン」を創刊することで新人漫画家の発掘と育成をメインにしてレーベル自体の底上げを行おうと考えていた。

「クロスゲーム」を立ち上げる際、市原はあだちに「そんなに長くもたねーぞ。60歳まで週刊連載したら死んじゃうよ」と言われ、「『月刊少年サンデー』を作りましょう!」と、以前から温めていたアイデアを披露している。〔参考文献1〕

 都合よく市原が『ゲッサン』を創刊してくれたので、そのままスムーズに月刊誌へ移行することができました。僕もずっと、「ちゃんとした少年誌の月刊誌を作ってくれ」と騒いでたんです。当時は少年週刊誌を卒業すると、幼年誌か青年誌に行くしかなかった。でも、週刊は無理でも、自分は少年漫画家でいたいと思っていたので。
『ゲッサン』もギリギリのタイミングで創刊できましたね。亀井さんが現役でいるうちに、市原が上層部の各方面に直訴して、具体化することができた。市原は亀井さんから、「『ゲッサン』を創刊するなら、あだち充の連載を取れ」と言われて頭を抱えてました。まだ『サンデー』で、「クロスゲーム」を連載中だったからね。
でもあとから考えると、いろんなことが綱渡りで、ギリギリのところでうまくいったと思ってます。〔参考文献1〕

インタビューで答えているように、あだち自身が年齢もあって月刊漫画雑誌の創刊を求めていた。そして、あだちを育てた編集者である亀井修(小学館常務取締役)からの一言によって、市原は「少年サンデー」で『クロスゲーム』連載中のあだちになんとか「ゲッサン」で新連載をしてもらうしかなかった。

「クロスゲーム」を何回かやると1回休みをもらって、「QあんどA」を描いてました。
『ゲッサン』はなんとしても創刊しないといかんと思ってたから、久々に週刊と月間を並行して連載しましたよ。〔参考文献1〕

「クロスゲーム」をやってたから、野球漫画はなかったでしょ。力まない作品で、とりあえずお茶を濁しておこうと。いきなり雑誌を背負わされちゃ困るし、『ゲッサン』は新人たちが頑張ってくれればいいなと思ってたから。だからとても気楽に始めました。〔参考文献1〕

 笑いがメインの作品は初めてでしたね。とにかく気楽に描けるネタという発想です。ギャグというか落語が好きなんで、特に連載だと、笑いがないのはちょっと耐えきれないんです。〔参考文献1〕

ある種の板挟みにあっていた市原をよそ目に、と言えばいいのか、創刊のために一肌脱ごうという気持ちもありながら、「とりあえずお茶を濁しておこう」という気楽さがあだち充らしい。もちろん市原が『クロスゲーム』と『QあんどA』のどちらともの担当編集者だったからこそ同時連載の舵取りができていたのだろう。また、あだち自身も新創刊された雑誌だからこそ、若い漫画家たちにがんばってほしいという気持ちも強かったので、気負わずに済む笑いをメインにした作品を描くことにしたようだ。

これはこの連載でも書いてきたように、連載誌における四番バッターのようなポジションで大ヒット漫画を描いたあとには肩休めのような力の抜いた漫画を描くといういつものパターンである。
この時期のあだち充の漫画を連載順に並べてみると、『クロスゲーム』(2005年〜2010年)、『アイドルA』(2005年〜不定期連載中)、『QあんどA』(2009年〜2012年)、『MIX』(2012年〜連載中)というように野球漫画で長期連載になった『クロスゲーム』と連載中の『MIX』の間にあるのが、前回取り上げた『アイドルA』と『QあんどA』となっている。
『アイドルA』は前回取り上げたようにその前に連載していた『KATSU!』と『クロスゲーム』のヒロインたちの無念をありえない展開ながら昇華した男女逆転コメディ野球漫画だった。だが、こちらは不定期連載であり、今のところ終わったというアナウンスはない。また、コメディ的な要素が強いので、こちらも肩に力は入っていない作品となっているが野球を描いている。
今回取り上げる『QあんどA』はまさにあだち充が肩の力を抜いて描いた作品であり、以前の作品で言うなら『虹色とうがらし』と『いつも美空』の系統にある。『虹色とうがらし』はSF×時代劇という内容だが、落語の要素を感じさせる物語展開になっていた。『いつも美空』は青春×超能力という物語だった。そして、今作『QあんどA』は青春×幽霊という内容だが、『虹色とうがらし』同様に落語の要素を感じさせる笑えるたのしい内容になった。

「ゲッサン」を立ち上げた市原は2015年8月号まで編集長を務め、古巣である「少年サンデー」に戻って編集長となり、「所信表明」を掲載し大きな話題を集めることになった。生え抜きの新人作家の育成を「少年サンデー」の絶対的指名とすると言い、同時に中堅やベテランを起用することでアンバランスになっていた「少年サンデー」に「雑」的な要素を入れてバランスある漫画誌へ変革していくことになる。2021年10月には6年勤めた「少年サンデー」編集長を退任し、小学館第二コミック局プロデューサーに就任したが、2022年4月15日付けで小学館を退職したことをツイッターで報告し、今後は漫画原作者として活動していくことを発表している。市原には気持ちのどこかではあだち充に一度は自身が描いた漫画原作をやってほしいという思いがあるのではないかなと私自身は思うのだが、どうだろうか。

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