2000年代の宮藤官九郎(1)──『木更津キャッツアイ』が成し遂げたドラマ史の転換(後編)テレビドラマクロニクル(1995→2010)〈リニューアル配信〉 | PLANETS/第二次惑星開発委員会

宇野常寛責任編集 PLANETS 政治からサブカルチャーまで。未来へのブループリント

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  • 2021.03.22

2000年代の宮藤官九郎(1)──『木更津キャッツアイ』が成し遂げたドラマ史の転換(後編)テレビドラマクロニクル(1995→2010)〈リニューアル配信〉

(ほぼ)毎週月曜日は、ドラマ評論家の成馬零一さんが、時代を象徴する3人のドラマ脚本家の作品たちを通じて、1990年代から現在までの日本社会の精神史を浮き彫りにしていく人気連載『テレビドラマクロニクル(1995→2010)』を改訂・リニューアル配信しています。
今回は、『木更津キャッツアイ』から宮藤官九郎の作家性を掘り下げます。本作の主人公・ぶっさんの〈死〉をめぐる物語は、生身のアイドルの有限性と相まって、〈終わらない日常〉と〈死なない身体〉への鋭い批評性を体現していました。

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成馬零一 テレビドラマクロニクル(1995→2010)〈リニューアル配信〉
2000年代の宮藤官九郎(1)──『木更津キャッツアイ』が成し遂げたドラマ史の転換(後編)

『木更津』はドラマ業界に、どのように受け止められたのか?

宮藤の出世作となった『木更津』だが、放送当時はどのように受け止められたのか?

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▲『木更津キャッツアイ

脚本家の岡田惠和は「宮藤さんがドラマ界に現れた頃のことはよく覚えてます」(9)と語っている。『木更津』の第1話が放送された翌日、当時仕事をしたドラマチームでの飲み会で、本作が話題になった際、ベテランと若手で意見が真っ二つに分かれたと、岡田は回想する。

「何喋ってるのかさっぱりわからん」「いったい何の話なんだ? あれは、ふざけすぎ」 ベテランプロデューサー達には理解できなかった。なのに皆が面白い! と絶賛するので、悔しかったのかもしれませんね。
対して若手は、言葉には出さないけど、「あれがわからないんじゃ終わってんな、このおっさん」 と顔に書いてある感じ。でも「どこが面白いんだ?」 と問われると、うまく言葉にすることが出来ない。そんな感じでした。(10)

そんなベテランと若手の反応を見ながら、岡田は「よわったなぁ」と思ったという。宮藤の新しい作風に脅威を感じながらも、それ以上に「かなり好きだなこれ」と混乱し、自分がやりたかったのはこういうことだったのかもしれないと、憧れを抱いたという。しかし「今から下の世代に憧れるってのもな、ちょっと辛いしな」と思い、「忘れよう、影響受けるのやめよう」と決めて、その後、宮藤と同じジャンルのドラマを書くことは、絶対にやめようと考えたという。(11)
同業者の先輩に、ここまで言わせるのだから、すごい才能である。
だが、宮藤の登場によりドラマ界の空気が一変し、世代交代が起きたかというと、そうはならなかったと岡田は振り返る。宮藤の世界が「ダントツに個性的」で主流にはならなかったからだ。(12)

 ドラマ界は宮藤さんを受け入れた。でもそれはある意味、出島的な特別区みたいなポジションです。ドラマ界の地図を塗り替えるというよりは、地図にひとつ島を増やしたような変化。そこに関してはベテランたちもどこか寛容です。なぜなら出島なんで、自分たちの領土は守られてるから。そこでの活動は許す、みたいな。まさに「クドカン特区」ですね。「クドカンだからねえ」 「あぁクドカンでしょ? はいはい」みたいな許され方とでも申しましょうか。
爆発的に人気あるけど、どうも世帯視聴率はさほど芳しくないという、だからどこか長老たちのプライドも犯さないという、独特なチャーミングなポジションも獲得しました。嫌ですね、そんな長老。(13)

『木更津』が放送された2000年代初頭は、視聴率という評価軸がまだまだ絶対的だった。『踊る大捜査線』や『ケイゾク』のような視聴率は高くないが、放送終了後に映画化されて大ヒットするという作品も現れはじめていたが、これらの作品は、視聴率が低いと言っても、10%台前半は獲得していた。
しかし『木更津』は野球の構成に合わせた全9話で平均視聴率10.1%(関東地区・ビデオリサーチ)で、これ以降のクドカンドラマはシングル(一桁台)が当たり前になっていく。近年のドラマは、シングルが常態化しており10%台で成功作と言われるぐらい合格ラインは下がってしまったが、当時のシングルは、打ち切りでもおかしくない数字である。思うに『木更津』とクドカンドラマの登場は、視聴率一辺倒だったテレビドラマの評価が、DVD等のソフト消費とネットで話題になるSNS消費へと大きく分裂していく始まりの作品だったのだろう。

『キャラクター小説の作り方』に書かれた木更津キャッツアイ論

テレビシリーズ終了直後に語られた、もっともクリティカルで早かった『木更津キャッツアイ』論がある。大塚英志の『キャラクター小説の作り方』(講談社現代新書、2003年)だ。
本書はまんが原作者や小説家としても知られる評論家の大塚が、ライトノベル専門誌「ザ・スニーカー」(角川書店)で連載していた、ライトノベルの書き方についてのレクチャーをまとめたものだ。
本書ではライトノベルのことを「キャラクター小説」と呼んでいるのだが、キャラクター小説について大塚は、以下のように定義している。

①自然主義的リアリズムによる小説ではなく、アニメやコミックのような全く別種の原理の上に成立している。
②「作者の反映としての私」は存在せず、「キャラクター」という生身ではないものの中に「私」が宿っている。(14)

そして「自然主義の立場に立って「私」という存在を描写する「私小説」が日本の近代小説の一方の極だとすれば、まんが的な非リアリズムによってキャラクターを描いていく」小説が「キャラクター小説」(=ライトノベル)であると、大塚は語っている。(15)
なお、筆者は生身の俳優が、まんがやアニメのキャラクターを演じる作品をキャラクタードラマと呼んでいる。そして、この連載で堤幸彦の演出とリミテッドアニメの方法論の類似性を指摘したが、この〝キャラクタードラマ〞という着想は、本書で書かれた大塚のキャラクター小説論が下敷きとなっている。中でも大きな影響を受けたのが、「第一〇講││主題は細部に宿る」で語られる『木更津キャッツアイ論』である。

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