僕のマイムタバコ|高佐一慈 | PLANETS/第二次惑星開発委員会

宇野常寛責任編集 PLANETS 政治からサブカルチャーまで。未来へのブループリント

Serial

  • 2022.08.19
  • 高佐一慈

僕のマイムタバコ|高佐一慈

今朝のメルマガは、お笑いコンビ、ザ・ギースの高佐一慈さんが日常で出会うふとしたおかしみを書き留めていく連載「誰にでもできる簡単なエッセイ」をお届けします。
最近は「禁煙」に挑戦中だという高佐さん。体調不良のために数日間禁煙を余儀なくされた反動で、猛烈にタバコを吸いたくなった高佐さんが編み出した独自の禁煙法とは……?

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高佐さんの連載が本になりました!

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車は高速道路を爆走する。
インターで降りようにも、降りる恥ずかしさを考えると、このまま高速を進んでいった方がマシなように思う。
こうして僕は、周りの目を気にするがあまり、引くに引けなくなってしまうのだ──。

「こんなに笑えるエッセイは絶滅したと思っていました。自意識と想像力と狂気と気品。読んでいる間、幸せでした。」
ピース 又吉直樹さん、推薦!

誰にでも起こりうる日常の出来事から、誰ひとり気に留めないおかしみを拾い集める、ザ・ギース高佐一慈の初のエッセイ集が待望の刊行。

『かなしみの向こう側』で小説家としてもデビューしたキングオブコント決勝常連の実力派芸人が、コロナ禍の2年半で手に入れた言葉のハープで奏でる、冷静と妄想のあいだの27篇です(単行本のための書き下ろし2篇と、あとがきを収録)。

高佐一慈 誰にでもできる簡単なエッセイ
第29回 僕のマイムタバコ

朝、布団の中で目覚めた瞬間に抱いた嫌な予感は、一秒後、嫌な実感として身体に残った。あ、この感覚ひさびさ、と思った。
寝不足のせいという一縷の望みにかけて布団の中でゴロゴロしていたのだが、あっという間に体温39.5℃、悪寒ぞんぞん、体の節々バッキバキ、頭痛ぐわんぐわん、歩行ふらっふらに。
ただの風邪だと思いたいけどめっちゃコロナっぽいなあ、と半ば確信しながら病院に行き、外の簡易テントで検査を受けたところ、案の定めっちゃコロナだった。医師からも、めっちゃコロナですね、と言われ、カルテにドイツ語で『めっちゃコロナ』と書かれた。

10日間の自宅療養期間はそれなりに大変だったのだが、今回僕が書きたいのはコロナ奮闘記ではない。コロナが僕に唯一もたらしてくれたプチチャンス、禁煙についてだ。

発症して3〜4日間は、熱と悪寒と痛みでそれどころじゃなかったのだが、僕は自然とタバコを吸っていなかった。平熱に戻った5日目くらいにふと気付いたのだ。あれ、そういえばタバコ吸ってないな、と。
僕の頭の中では、スキージャンパーが美しい姿勢で大ジャンプしたままだ。このまま着地するのも忘れ、禁煙の空を延々と飛んでいく気満々である。

風邪をひいたときはいつもそうだ。熱で苦しいのでタバコなんて全く吸いたくなくなり、煙を吸うところを想像してはおえーっとなり、何本か残っているタバコを箱ごとゴミ箱に捨てたくなる。そして、こんなに吸いたくないのだから、たとえ風邪が治ったとしてもこのまま一生吸わずにいられるんじゃないかと、その時は思う。
けれど体調が戻り健康になると、居ても立ってもいられなくなり、いつの間にか口から煙を吐いている。
空を飛び続けることなんて余裕だと思っていた僕は、いつの間にかテレマークで着地している。両腕を水平に開き、腰を落とし、膝を曲げ、くわえタバコだ。

今回も一週間を過ぎたあたりでどうしても吸いたくなり、一旦タバコとライターに手をかけ、テレマークの姿勢に入ろうと思ったのだが、ふと、せっかくここまで飛んできたのになんだかもったいないなあという気持ちになった。このまま飛び続けたらどうなるのだろう。水平に開きかけた両腕を元に戻し、再びスキー板と身体を並行にさせる。地面スレスレで着地しかけていた僕は、再び上昇気流に乗って滑空した。
もうちょっとだけ飛び続けてみよう。着地は明日すればいい。

実はこの「明日吸えばいい」くらいの楽な気持ちで禁煙に取り組むことこそが、成功の鍵なのだ。禁煙に失敗する人は、「絶対に吸わないんだ」とつい誓いを立ててしまう。これがいけない。逆に延々とタバコに思考を捕われる形になってしまうのだ。
禁煙しようとしている諸君、お先に。僕はもうコツを掴んでしまったよ。おそらくこの先、一本もタバコを吸うことはないと思う。
僕は余裕綽々で一人つぶやく。
「ま、いつでも吸おうと思えば吸えるって気持ちでいるんだけどね」
「今はたまたま吸ってないだけー」
「あーあ、残ってる一箱見てもなんにも思わないなあ」
「もはや禁煙成功と言っていいんじゃない?(笑)」
「全くイライラしないなあ」
「どうして今まであんな気持ちの悪いもの吸ってたんだろう」
「タバコ吸わずにエッセイでも書いてみようかなあ」
「ていうか全くイライラしないなあ!」
「吸った瞬間の、ストレスがフワーッと解消されるあの感覚、もはや懐かしいなあ」
「いやーそれにしてもイライラしないなあ!!」
完全にタバコに思考を支配されていた。もう吸いたくて堪らない。
ちなみに、この原稿を書いているまさに今この瞬間も、タバコを吸いたくて堪らない。タバコを吸いたくて堪らない、と書いたことでより吸いたくなってくる。禁煙というテーマで書き始めたのに、途中で吸ってしまったら、元も子もない。吸いに行った時点で、この原稿をゴミ箱に入れなければいけない。せめて、吸うのはこの原稿を書き終えてからにしよう。そうだ、原稿一本書いたらタバコ一本吸える。そういうルールにしよう。
ということで、僕は伝家の宝刀を抜くことにした。いや、伝家の宝煙を吸うことにしたと言うべきか。

【マイムタバコ】

この言葉を聞いたことはないだろうか。非喫煙者には耳馴染みのない言葉かもしれない。否、喫煙者でさえも聞いたことはないだろう。それもそのはず。これは僕が生み出した言葉であり、禁煙法だ。

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