
『火花』“解像度”を上げて現実に対抗するフィクション――メガヒット小説映像化にNetflixが選ばれた理由(成馬零一×宇野常寛)(PLANETSアーカイブス)
今朝のPLANETSアーカイブスは、『火花』をめぐる成馬零一さんと宇野常寛の対談をお届けします。地上波ではなくNetflixで映像化されたピース・又吉直樹による小説『火花』。脂の乗った映画監督たちを起用して作られたこのドラマが、Netflixオリジナル作品だからできたこと、そして、現在のテレビが置かれている状況について語りました。(構成:橋本倫史/初出:「サイゾー」2016年9月号)
※この記事は2016年10月12日に配信された記事の再配信です。
成馬 小説『火花』がベストセラーになったときは、「お笑い芸人が書いた小説が芥川賞を受賞した」という話題が先行していて、内容面にまで話が及んでいなかった印象がありました。実際、小説ではわかりにくい部分があったのですが、ドラマ版を観ていると、『火花』が描いていたことがなんだったのか、よくわかります。
全10話で、1話につき1年分くらいの時間経過で描かれるじゃないですか。舞台は2001年から10年頃で、つまりこれってゼロ年代の青春ドラマなんだな、と。微妙な懐かしさがありました。基本的には徳永(太歩)と神谷(才蔵)という2人の若手芸人の話で、彼らはゼロ年代以降のお笑いブームの中で、そこで生まれたルールに則ったゲームを戦わされている大勢の芸人のうちのひとりにすぎないんだ、という小説ではわかりにくかったことが、ドラマ版ではよくわかる。
神谷は、もしかしたら松本人志になれたかもしれなかった天才型の芸人だったけど、ゼロ年代以降、キャラクター文化がお笑いに流入したことで、芸人の生き残り手段が「面白いキャラをどう演じるか」という勝負になってしまって、芸人を作家として捉える文化が総崩れしてしまった。『M-1グランプリ』のようなコンテストがその比重を高めていく中で、神谷のような芸人がどうなっていくのか、というのがドラマの基本になっていたと思う。
もしゼロ年代にこの作品が作られていたら、神谷が最後に死んで、残された徳永が思い切りキャラを押し出して売れて成功する、という終わり方になっていたと思うんですよ。でも、そこで終わらずに、それよりも少し先まで描かれるのが面白かった。そこに多分、又吉が芥川賞を獲ったことと、この作品がNetflixで作られたことの意味が透けて見えるんじゃないかな、と思います。
宇野 原作の小説については僕は、特に興味はないんですよね。ただ、このドラマ版はなかなか面白かった。どこが面白いかというといろいろあるんだけれど、原作の処理で言うと、この小説家デビューによってマルチタレントへと舵を切った又吉が無意識のうちに書いてしまっているところを拾って再解釈することで、ぐっと射程が長くなったと思う。
徳永=又吉は、芥川賞を獲ったことで究極のキャラ芸人の道を歩み始めたと思うんだよね。ピースのコントは誰も知らないけど、又吉の文芸キャラだけは世間に伝わっていて、芸人として生き残れなくても文化人として生き残るであろうことは、ほぼ確定している。又吉は賢い人間だから、そんなことは百も承知でやっているはずで、「生存戦略として、これを受け入れたんだな」と思った。これって実は、フィクションより現実に起こっていることのほうが面白いという、インターネット以降に世界中で起こっていることを示すひとつの大きな例なんだよね。つまりNetflixは、小説『火花』の存在を凌駕して面白くなってしまっている“又吉現象”と戦わなければいけなかった。そこでどういう戦い方をするのかな、と思ったら、1話60分×10話という長尺を活かして、ほんのわずかなエピソードもめちゃくちゃ時間をかけて描くことで、ひたすら解像度を上げるという勝負に出た。
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