落合陽一自身が読み解く『魔法の世紀』 第5回 コンピューテーショナル・フィールドがもたらす世界の変容(毎月第4火曜配信『魔法使いの研究室』) | PLANETS/第二次惑星開発委員会

宇野常寛責任編集 PLANETS 政治からサブカルチャーまで。未来へのブループリント

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  • 2016.06.28
  • 落合陽一,魔法使いの研究室

落合陽一自身が読み解く『魔法の世紀』 第5回 コンピューテーショナル・フィールドがもたらす世界の変容(毎月第4火曜配信『魔法使いの研究室』)

今朝の「魔法使いの研究室」では、『魔法の世紀』の第5章「コンピューテーショナル・フィールド 」を取り上げます。科学技術が世界を覆い社会が再魔術化したことで、モノとしてのコンピュータから〈場としてのコンピュータ〉が重要性を増しています。AIやIoTが隆盛しつつある今、「コンピューテーショナル・フィールド」を考えることは、人間の感覚や世界の捉え方の再定義、ひいては人間知性の脱構築へつながると説きます。


▼『魔法の世紀』第5章の紹介
「第5章 コンピューテーショナル・フィールド」では、人類史におけるメディアの進化の過程を、独自の視点から読み解きます。洞窟壁画から土器、パピルス、カンバス――メディアの可搬性が向上する一方で、東西の文化圏では屏風や噴水、庭園といった、それぞれの文化を象徴するアートが発達します。それを〈フレームレート〉と〈エーテル速度〉という基準によって、〈動〉のメディアと〈静〉のメディアに分類。そこから、物体と情報を統合する〈場〉のアイディア、つまり「コンピューテーショナル・フィールド」の概念を導き出します。

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☆「映像の世紀」から「魔法の世紀」へ。研究者にしてメディアアーティストの落合さんが、この世界の変化の本質を、テクノロジーとアートの両面から語ります。
(紙)(電子)
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▼プロフィール
落合陽一(おちあい・よういち)

1987年東京生まれ。東京大学大学院学際情報学府博士課程を飛び級で修了し、2015年より筑波大学に着任。コンピュータとアナログなテクノロジーを組み合わせ、新しい作品を次々と生み出し「現代の魔法使い」と称される。研究室ではデジタルとアナログ、リアルとバーチャルの区別を越えた新たな人間と計算機の関係性である「デジタルネイチャー」を目指し研究に従事している。
音響浮揚の計算機制御によるグラフィクス形成技術「ピクシーダスト」が経済産業省「Innovative Technologies賞」受賞,その他国内外で受賞多数。
『魔法使いの研究室』これまでの連載はこちらのリンクから。
前回:落合陽一自身が読み解く『魔法の世紀』第4回〈表層〉と〈深層〉の魔術的融合(毎月第4火曜配信『魔法使いの研究室』) 

▼放送時の動画はこちらから!
http://www.nicovideo.jp/watch/1458301532
放送日:2016年3月9日

◎構成:長谷川リョー

◼︎ユビキタス、IoT、そしてコンピューテーショナル・フィールド

今日取り上げるのは、『魔法の世紀』第5章「コンピューテーショナル・フィールド」です。
2016年現在、世の中には〈楽観的シンギュラリティ〉の風潮があると思っています。Google傘下のボストン・ダイナミクス社が開発した二足歩行ロボット「アトラス」が雪原を闊歩したり、Googleの人工知能「アルファ碁」に人間のトップ棋士が負けたり、テクノロジーにまつわる大きなニュースがいくつもありました。
こうした変化がある中、今後30年でどんな変化が起きていくのでしょうか。僕はやがてデジタルネイチャーが訪れ、人間が脱構築されていくと思います。

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そうした世界になる前に、コンピュータやツールの捉え方がだいぶ変わってくるのではないか、具体的にどのように変わっていくのかについて説明しているのが今章「コンピューテーショナル・フィールド」です。実は僕の博士論文のタイトルが『Graphics by Computational Acoustic Field』で、この中に出てくるのが、まさしく「コンピューテーショナル・フィールド」という考え方なのです。
なぜ、これを主題に論文を書いたのか。「IoT(モノのインターネット)」と盛んに言われるように、今の時代におけるコンピューティングは圧倒的にユビキタスであり、同時に二次元平面上のコミュニケーションが成熟してきました。
例えば、マーク・ワイザーが1991年に書いた論文『The Computer for the 21st Century』を参照してみましょう。高度に無線網が発達した世界では、パソコンでメモを取っている人もいれば、タブレットのようなものを使っている人もいる。一方で、紙のノートを使っている人もいる。要は、デバイスの種類に囚われずに、人々がコンピューティングを行うようになるということを、ワイザーは90年代の時点で予期していたわけです。
この論文から25年の時を経て、視覚・聴覚のコミュニケーションは成熟化しました。我々は、その次の段階に進まないといけない。それは二次元の次は三次元というような、次元が一つ上がるだけの話ではなく、まったく別の方法で考えないといけないのではないかということです。

◼︎コンピュータ以前から人間はデータとの関わりを考えてきた

ここで一度、コンピュータ以前の世界を振り返っておきます。
例えば、モールス信号はコンピュータが生まれるはるか前からありましたが、コンピュータがないと制御できなかったり、データとして保存することはできませんでした。
それが1960年代になると、人々は身体とデータの違いを意識し始めました。人間とデータは、いかなる関わりを持っているのだろうか。この頃に構想されていたことが、技術の発展によって、今ようやく実現できるようになってきたのです。ここが一つ面白いポイントですね。
今年の1月から5月にかけて、ロンドンで「Electronic Superhighway (2016 – 1966)」という展示会が行われました。すごく良い展覧会でしたよ。「エレクトロニック・スーパーハイウェイ」という言葉もすごく面白い。ここで展示されていたのが、ナム・ジュン・パイクの「エレクトロニック・スーパーハイウェイ」という作品です。これは1994年に公開されたのですが、この概念をナム・ジュン・パイクが提唱したのは1974年のことで、ニュー・エレクトロニック・スーパーハイウェイというものを作れば、人類全体が新しい段階へ進むための跳ね台になるのではないか、と言っていたわけですね。これはビデオアートの父であるナム・ジュン・パイクが、インターネット登場以前に構想していたインターネットに他ならないわけです。

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▲Electronic Superhighway – Nam June Paik
画像出典

人類は「電信」という技術を手に入れたことで「運搬」を超越しました。物流を超越して、電気信号だけでやりとりが行えるようになったのはすごく大きい。やがて、相互に電信関係になることで、人間それ自体も変わっていくのではないかということをみんな考え始めたんですね。

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