旧東側諸国の人々が融和する、黒海の7kmマーケット|佐藤翔 | PLANETS/第二次惑星開発委員会

宇野常寛責任編集 PLANETS 政治からサブカルチャーまで。未来へのブループリント

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  • 2021.03.10

旧東側諸国の人々が融和する、黒海の7kmマーケット|佐藤翔

国際コンサルタントの佐藤翔さんによる連載「インフォーマルマーケットから見る世界──七つの海をこえる非正規市場たち」。新興国や周縁国に暮らす人々の経済活動を支える場である非正規市場(インフォーマルマーケット)の実態を地域ごとにリポートしながら、グローバル資本主義のもうひとつの姿を浮き彫りにしていきます。
今回は、黒海の北岸に面する港湾都市・オデッサ市にあるウクライナ最大の非正規市場「7kmマーケット」にスポットを当て、その実態や成立経緯、そして紛争多発地域での多民族の融和と生活防衛を担う役目を紹介します。

佐藤翔 インフォーマルマーケットから見る世界──七つの海をこえる非正規市場たち
第3回 旧東側諸国の人々が融和する、黒海の7kmマーケット|佐藤翔

インフォーマルマーケットの豪快なマーケティング

読者の皆さんは、ヤミ市というと、表通りから一歩奥に入ったところにある、横丁のような存在を思い浮かべるのではないでしょうか。戦後直後の日本においてもGHQ本部に近い、東京駅付近のヤミ商人は瞬く間に追放されたようですし、警察庁・警視庁のある桜田門にヤミ市ができるということもありえませんでした。しかし、現代の新興国のインフォーマルマーケットにはそのような奥ゆかしさ、慎ましさは一切ありません。現代のインフォーマルマーケットの住人は生きるために手段を選ばず、自らの存在を積極的に露出し、生き残りを図っています。その典型と言えるのが、ウクライナ最大のインフォーマルマーケットである、7kmマーケットです。

画像1▲7kmマーケットの日用品コーナー。(筆者撮影)

7kmマーケット(現地ではСедьмой Километр)は前回のドルドイ・バザールと同様、アメリカ通商代表部の「悪質市場リスト」に毎年のように掲載されているマーケットです。「中国やその他のアジア諸国から輸入される大量の偽物を扱って」いるのにも関わらず、「2020年には政府当局はまったく取り締まりを行っていない」という、欧米グローバル企業からすれば不倶戴天の敵と言える市場です。ところが、私がオデッサへ7kmマーケットを現地のゲーム開発者に連れられて見に行った際、オデッサ空港から車で都市の中心に向かおうとすると、ガードレールに堂々と「7kmマーケットはこちら!」という矢印付きの看板が立てられていました。彼らは日本の「闇」のイメージとはまるで異なり、自らを隠そうとする気なぞまったくないことがわかります。

画像2▲7kmマーケットの入り口付近。(筆者撮影)

もっとわかりやすい例を提示しましょう。Google Earthを起動してください。そしてウクライナの南西部、オデッサ市の空港の近くへ移動してみましょう。空港から北のあたりに、やたらとコンテナが集まっている場所があります。この地域でも目立つ白っぽい部分を拡大すると、下記のような画像が出てきます。これは、白いコンテナの集まりをキャンパスとして、青いコンテナで「7km」という文字を書いているのです! 衛星写真を見ているみなさん、ここにでっかいインフォーマルマーケットがありますよ! 合法っぽいものも合法っぽくないものも何でもありますよ! 是非お越しください!! という呆れるほど商魂たくましいアピールをしているわけですね。

画像3▲Google Earthの写真で見える7km。

7kmマーケットはドルドイと同様、こんなインフォーマルマーケットであるのにも関わらず、きちんと公式サイトがあり、Facebook、Instagram、Twitter、YouTube、Telegramで随時セールなどの宣伝をしています。ついでに市の賑わいぶりを伝えるために、ウェブカメラも設置されています。昼になると人々がコロナ禍を物ともせず行き交い、夜になると怪しげな人たち(笑)が集まって何やら話をしているのを見ることができたりします。
もう一つ、こちらから7kmマーケットの公式のパノラマ写真を鑑賞できます。コンテナに囲まれて商売をしているところを歩く際の、あの何とも言えない気分が味わえるので、こうした市場に関心のある方にはおススメです。こういう多彩な工夫をして市場に興味を持ってもらおう、という努力が伝わってきますね。

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▲7kmマーケットのウェブカメラより。コロナ禍にある2021年2月20日時点でも慌ただしく人が行き交っている。(出典

悪質市場のボスは「優良納税者」

7kmマーケットは75ヘクタールもの広さを持つオデッサ郊外の巨大なマーケットです。このマーケットが開業したのは1989年12月のことです。当時のソビエト連邦では物資が不足し、オデッサの街角にはさまざまな商品を扱う商人が多数出没しました。オデッサは世界各地からソ連邦に集まるあらゆる物資を積み下ろしする最重要の拠点だったので、闇流通においても重要なハブとなっていたのです。オデッサの政府当局はこれらの露天商に対し、オデッサの都市中心部から7km以内で商売してはならない、という命令を下しました。そのため、オデッサの露天商は身を寄せ合い、オデッサからちょうど7km離れたこの地にマーケットを開業したのです。

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▲7kmマーケットの公式サイト、7kmの歴史ページより。(出典

はじめは仕事を失った元水夫や元工員が、泥の上に新聞紙を敷き、海外から流れてきた物資を手に入れて商売するという原始的な露店の集まりだったようです。そのうちコンテナを使って商売を始めるようになり、それが拡張に拡張を重ね、今や欧州最大と言える規模のマーケットにまでなりました。現在、ここには60,000人ほどの人々が働いているとされており、店舗数は15,000ほどあります。

訪問客は毎日20万人以上に達し、オデッサ市内を走るバスのうち、10路線ほどが7kmマーケットを通ります。ウクライナ国内だけではなく、モルドバ、ルーマニアなど、数百km近く離れた海外からも安価なバスツアーが実施され、客を集めています。下手なショッピングモールよりも、よほど集客の仕組みを徹底しているのです。もちろん普通の客というよりも、他国のインフォーマルマーケットのトレーダーが多く、彼らは7kmマーケットで商品を仕入れ、自分の住んでいる都市で買った商品を売りさばいているというわけです。

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▲オデッサから7kmへ向かうバスルートの紹介。(出典

前回取り上げたドルドイと同様、7kmも現地の人には「国の中にある国」と呼ばれ、国家権力の手の届かない空間で、独自のビジネスモデル、というよりは自治が行われています。7kmで商売をしたい人は、コンテナのオーナーから200,000ドル程度でコンテナを不動産のような扱いで購入します。多くの場合、こうしたコンテナを買った商人は売り子を雇い、商品をさばかせます。商品の売上の3%が売り子に渡され、原価や流通コスト、諸経費を差し引いた残りの収益が商人のものとなるわけです。一方で、コンテナをオーナーから賃貸して、自分の責任で物を売り買いしているトレーダーもいるようです。コンテナのオーナーは7kmマーケット全体の顔役に警備料などの名目で手数料を支払っている、という構造です。

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▲7kmマーケットの玩具街。(筆者撮影)

当然、こうした取引には政府の許認可や消費税・所得税・固定資産税のような税金、社会保険料などは一切絡んできません。個々の商人が政府に納税などをしない代わりに、7kmマーケットのボスは、政府当局・自治体に毎年、約1,000万ドルのお金を「税金」として支払っている、と言われています。さらに、政治家との関係も密接です。かつてこの7kmマーケットがオデッサ市によって立ち退きの圧力がかかった際、ウクライナの元大統領、ヴィクトル・ユシチェンコが7kmマーケットを視察しオーナーに面会しました。現地のメディアによれば、彼は多いときは2ヶ月に1回ここに訪れ、2,000万ドルのポケットマネーを受け取っていた、と言われています。このように、非正規の「税金」を納めたり政治家を手厚く接待したりすることによって、当局との関係を良好に保っているわけです。
ちなみに2012年に、7kmマーケットは「優良納税者賞(Добросовестные налогоплательщики:直訳すれば「良心的な納税者」)」を授与されています。天下に名高い「悪質市場」が優良納税者とは、冗談のような話ですね。

キャッシュキオスクから見えるウクライナのゲーム事情

この市場で偽物や海賊版を見つけることはとても容易です。玩具や日用品などは多くの場合、中国浙江省の義烏から流れてきています。実際に調べると、中国の義烏とウクライナのオデッサの双方に支店を持つ怪しげな貿易会社がネット上で色々見つかります。一方、メディア関連製品はブランクCD・DVDなどを輸入し、現地で直接データを書き込んでいるようです。私も7kmマーケットに入って10分ほどで、海賊版ゲームが売られている店をいくつか見つけることができました。私が一通り見たかぎりでは、この街では家庭用ゲームよりもPCゲーム向けの海賊版商品が多数売られていました。

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▲7kmマーケットで売られるメディア商品。右に「GTA」シリーズや”CS:GO”、”SIMS”などが売られている。(筆者撮影)

ところで、スマートフォンでオンラインゲームを遊ぶのが当たり前の時代に、なぜ今さら、これほどの海賊版ゲームがこの地域で流通しているのでしょうか?

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