国家規制下の初期インターネットで発展した中国アニメコミュニティ|古市雅子・峰岸宏行 | PLANETS/第二次惑星開発委員会

宇野常寛責任編集 PLANETS 政治からサブカルチャーまで。未来へのブループリント

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  • 2021.04.06

国家規制下の初期インターネットで発展した中国アニメコミュニティ|古市雅子・峰岸宏行

北京大学助教授の古市雅子さん、中国でゲーム・アニメ関連のコンテンツビジネスに10年以上携わる峰岸宏行さんのコンビによる連載「中国オタク文化史研究」の第6回。
今回は、2000年代初頭から中盤にかけて日本アニメのテレビ放映が次第に規制されていく一方で、インターネット初期のフォーラムやエリート大学の学生サークルの行動力によって各地に点在していたコンテンツ愛好者たちが接続され、中国全域に「オタク」という存在様式が増殖していくプロセスを辿ります。

古市雅子・峰岸宏行 中国オタク文化史研究
第6回 国家規制下の初期インターネットで発展した中国アニメコミュニティ

前回、インターネットの普及により、ゲームコミュニティが形成された過程について考察しましたが、同じことがアニメなど他のジャンルにも同時に起こっていました。
テレビアニメと漫画から始まった中国における日本コンテンツはその後、VCDやゲームセンターの普及、情報誌の出現により全国各地に愛好者を増やしてきましたが、「新浪」(sina)、「捜狐」(sohu)、「網易」(Netease)等の2000年代のIT企業を代表する大手ポータルサイトがニュース配信を開始し、ナスダックに上場した2000年を境に、それまで全国各地に点として存在していたコンテンツ消費者が、インターネットを通してつながり、フォーラム、そして大学サークルをおもなプラットフォームとしてコミュニティを形成し、大きな波となっていきます。

1.社会現象を起こした日本アニメ

中国では、90%以上の家庭にテレビが普及したのは2000年頃だと言われています。『鉄腕アトム』以降、数々の日本アニメが放送されてきましたが、2004年に国家ラジオ・テレビ総局(国家广播电视总局)が「我が国のアニメ産業発展に関する若干の意見」(「关于发展我国影视动画产业的若干意见」)を発表、産業保護政策の一環として、毎四半期における海外アニメと国産アニメのテレビ放送における比率を国産アニメが6割以上にしなければならないと規定し、全国の省レベル、副省レベルのテレビ局のうち1/3以上が子供チャンネルを開設することと定めました。
当時はアニメだけではなく、テレビドラマなども香港、台湾のものが多数を占めるような状況であったため、テレビ番組全体に対する危機意識が底辺にありました。中でも子供に対する日本アニメの影響力には大きな危機感を抱いていたのでしょう。この頃には、多額の広告収入を見込める看板番組も増え、地方局の運営も軌道に乗るようになっていました。子供番組、特に国産アニメの制作に本格的にテコ入れするべき時期が来たと国が判断したとも言えます。
そして2006年には全国のテレビ局で17時〜20時というゴールデンタイムにおける海外アニメの放送が禁止となり、国産アニメと海外アニメの割合が6:4から7:3に引き上げられました。2008年には放送禁止時間が17時〜21時までとなり、こうして実質的に海外のアニメはテレビから締め出されました。
2006年までには、テレビ放送されるアニメの80%が日本アニメになっていたと言われています。そのほとんどが、広州電視台や瀋陽電視台など地方のテレビ局が日本ではなく香港や台湾を経由して取得、吹き替えしたものでした。第2回で書いたとおり、地方局が買い付け、吹き替えしたものをその他の地方局が次々と放送していくかたちで全国に広まる「波状放送」や、いくつかの地方局での放送のみで終わったものなど、さまざまな作品がさまざまな経路で買い付けされ、放送されていました。省レベルのテレビ局でも30以上あるため、どのような作品がどこで放送されていたのか、まだ筆者も把握しきれていません。1980年代の『花の子ルンルン』(中題:花仙子)や『ニルスのふしぎな旅』(中題:骑鹅历险记)から始まり、『中華一番』(中題:中华小当家)、『キャプテン翼』(中題:足球小将)、『ドラゴンボール』(中題:龙珠)、『聖闘士星矢』(中題:圣斗士星矢)、『クレヨンしんちゃん』(中題:蜡笔小新)、『テニスの王子様』(中題:网球小王子)、『ポケットモンスター』(中題:口袋宝贝)、『デジタルモンスター』(中題:数码宝贝)、『赤ずきんチャチャ』(中題:小红帽恰恰)、『新世紀エヴァンゲリオン』(中題:新世纪福音战士)、『ヒカルの碁』(中題:棋魂)、『彼氏彼女の事情』(中題:青春翅翅板)など、ジャンルを問わず、今から見ると考えられないような作品が放送され、また日本アニメの情報番組も数多く存在していました。

そうした中で、社会現象を巻き起こしたとも言えるほど大きな影響を与えたのが『SLAM DUNK』(中題:灌篮高手 1993年)と『美少女戦士セーラームーン』(中題:美少女战士 1992年)です。その頃には、すでに大学受験が激化し、勉強一色の学校生活を送ることが多かった中国の子供たちとって、おしゃれな制服を着て通学し、部活動に熱中したり、放課後に友人と遊びに行ったり、という日本の理想化された学校生活は憧れになっていたと言われています。

女の子はみんな『美少女戦士セーラームーン』に夢中になりました。日本の制服への強いあこがれは、ここから始まり、AKB48、「ラブライブ!」を経て現在まで一つの流れになっています。「なぜこんなに多くの人が『セーラームーン』を好きなのか。古参がイラスト1枚で教えます」というコラムにその理由が書かれています。
それは「1.主人公がかわいい服を着て世界を救うアニメは他にないから。2.世界のトレンドの服を着ているから。3.ビキニだから。4.みんなかわいいから」。[1]
また、女の子であっても、「うさぎが変身するときは、体がブラウン管の中で水晶のようにキラキラ光り、胸や足のやわらかな曲線が美少女戦士のスタイルを際立たせるのだけれど、当時はあまりにも純粋だったので、毎回そのシーンになると顔が赤くなってドキドキが止まらなくなり、もし親が来ようものなら慌ててチャンネルを変えていた」[2]とのことです。上海生まれ香港育ち、ドイツのクオーターで日本のファッション雑誌やレミオロメンのMV、蜷川実花監督の映画『ヘルター・スケルター』やハリウッド映画にも出演経験を持つモデルで女優のアンジェラ・ベイビーは、中華圏を代表するセーラームーン好きで、コスプレの写真をSNSに投稿したり、展覧会を見に東京まで足を運んだりすることで有名です。「なんで女の子はみんなセーラームーンをアイコンにするの?」[3]というスレッドが今でも立つほど、中国の女性に根強い人気を誇っています。
『SLAM DUNK』は、それまでスポーツといえば卓球とバドミントンだった中国で、バスケットボールを大流行させました。男の子は流川に憧れ、似たようなリュックを背負って学校に行き、放課後はバスケットボールをするのが「イケてる中高生」でした。
中国人として初めてアメリカのMBAで活躍した国民的スポーツ選手、姚明をはじめ、中国のバスケットボールプロリーグ(略称CBA)で活躍する選手たちも『SLAM DUNK』を見ていたと言っています。

「『トレーニング以外の時間はゲームに多く費やしてきたけれど、バスケットボールのゲームはまったくやらない。どんなにリアルでも嘘に感じてしまうから』。でも彼(注:姚明)も『SLAM DUNK』だけは見た。当時はものすごいブームとなっていて、見ないと他の人と話ができなかったのだ」「CBAで最もかっこいいと言われる楊鳴は、最初から流川が好きだったという。『小学校のときだった。もうバスケを始めていたから、(「SLAM DUNK」は)大好きだった』。楊鳴はひと目見たときから流川楓が好きだったという。『アニメでは彼が一番バスケがうまくて、一番かっこよかった。大好きだったんだ!』」「孟鋒も小学生の時に見た。まだバスケはやっていなかったという。『最初は大げさだなと思った。知ってることもあった』。例えば速攻のときは一人でディフェンスからオフェンスへ移動する。二人でパスしながら進むより絶対に早いから、とか。でも何話か見るうちにストーリーに心を動かされた。『そのうちに流川楓が大好きになった。彼のダンクはほんとにうまいんだ!』孟はその時まだダンクシュートができなかったが、『SLAM DUNK』を見てから『ダンクシュートってどんな感じかやってみたくてたまらなくなったんだ』という。それまで彼は、父親にバスケをしようと誘われても断っていたが、意外にもその後コートに足を踏み入れることとなった。孟は冗談交じりにいう。『SLAM DUNK』がなかったら、今こうしてプロリーグにいることはなかったかもしれない。」[4]

2.修正された『カードキャプターさくら』

他国のコンテンツを輸入する際、自国のルールに従って修正を加えることはよくあります。アメリカでも日本アニメの登場人物の名前をすべて白人風の英語名に書き換えたり、おにぎりをハンバーガーに描き替えたりしていました。アメリカほどではないにせよ、中国でも作品によっては修正が加えられます。
大きく修正された作品のひとつに『カードキャプターさくら』(中題:魔卡少女樱 1998年)があります。『カードキャプターさくら』は女性作家グループCLAMPによる魔法少女漫画で、アニメ化、ゲーム化や商品化とマルチプラットフォームで展開した大人気作です。中国でも高い人気がありました。

父、兄と3人で暮らす小学校4年生の木之元桜(以下、さくら)は父の書庫で不思議な本を発見し、開くと中からケルべロスという封印の獣を自称する生き物が現れます。ケルべロス、通称ケロちゃんは、「さくらの住む町に魔法使いが作ったカード(クロウカード)がばらまかれてしまった。封印が解かれると災いをもたらされるから、なんとかしなければ」という旨を告げます。かくしてさくらは、ケロちゃん、親友の大道寺知世、カードを集めにきた香港留学生の李小狼と共にクロウカードを探し、事件を解決しながらカードを集めに回る、というのがクロウカード編の内容で、クロウカードの所持者となったさくらが新たな困難に立ち向かうさくらカード編、中学に進学した後のクリアカード編が続きます。

本作は『なかよし』で連載されていた子供向けの作品ですが、どこを修正されたのでしょうか。例えばさくらと小狼(しゃおらん)の恋愛に関する箇所です。
カードを集めるライバルである二人ですが、いつしかお互い意識しあう関係になります。さくらが兄の親友である雪兎に抱いていた恋心が叶わず、小狼がいつのまにかさくらのことばかり考えていると気づく頃、二人でエレベーターに閉じ込められ、そこで空気が変わります。さくらカード編の最後で小狼がさくらに告白し返事を待つのですが、マンガでは小狼が香港に帰る際に、そしてアニメ版では小狼帰国後の劇場版第2作終盤でめでたく結ばれます。

しかし、中国テレビ放送版ではそうはなりませんでした。

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