地方局、ライヴハウス、ご当地フェス――80年代バンドブームを演出した「周縁の力」(市川哲史×藤谷千明『すべての道はV系に通ず』第4回)
今朝のメルマガは市川哲史さん、藤谷千明さんによる連載『すべての道はV系に通ず』をお届けします。前回(第3回/昨年8月25日配信)から引き続き「地理と文化(V系)の関係」がテーマ。90年代V系ブームを準備した80年代のバンドブーム、そして地方ライヴハウスとメディアの関係について論じます。
▼プロフィール
市川哲史(いちかわ・てつし)
1961年岡山生まれ。大学在学中より現在まで「ロッキング・オン」「ロッキング・オンJAPAN」「音楽と人」「オリコンスタイル」「日経エンタテインメント!」などで歯に衣着せぬ個性的な文筆活動を展開。最新刊は『誰も教えてくれなかった本当のポップ・ミュージック論』(シンコーミュージック刊)。
藤谷千明(ふじたに・ちあき)
1981年山口生まれ。思春期にヴィジュアル系の洗礼を浴びて現在は若手ヴィジュアル系バンドを中心にインタビューを手がけるフリーライター。執筆媒体は「サイゾー」「Real sound」「ウレぴあ総研」ほか。
『すべての道はV系に通ず』これまでの配信記事一覧はこちらのリンクから。
前回:”YOSHIKI 2.0″としてのEXILE・HIRO――ヤンキー文化とV系(市川哲史×藤谷千明『すべての道はV系に通ず』第3回)
◎司会:編集部
◎構成:藤谷千明
■ 80年代アンダーグラウンドシーンの胎動
――久しぶりの配信になりますが、前回まではヴィジュアル系カルチャーが郊外・地方発ならではの「ヤンキー性」を持っているということについて語ってもらいました。今回は、「地理と文化(V系)の関係」についてさらに掘り下げて整理していければと思います。
藤谷 まず、市川さんが著書でも書かれているように、例えばX JAPANは千葉、LUNA SEAは神奈川や東京の町田市出身ですが、「東京(23区)」出身じゃない人たちによる文化だからこそ大衆性を獲得して全国区のブームになりえたわけですよね。
でも、そもそも90年代のヴィジュアル系バンドを育んだ「場所」って、大まかに「ライヴハウス」と、テレビ・ラジオ・雑誌などの「マスメディア」の2つだったということでいいんでしょうか? 私はリアルタイムでは経験していないので、よく分かっていないところがあるんですが。
市川 まず、前回話したように日本の80年代のアンダーグラウンドな音楽シーンには<メタル(ジャパメタ)>と<パンク(ハードコア・パンク)>という2つの部族がおり、両者は本当に不毛な暴力的抗争を繰り広げておりました。そしてそんな野蛮な不良たちとは距離を置いて、ニューウェイヴの連中が自分たちの居場所をこっそり確保しておったのです。
――日本昔ばなしですか(笑)。あの、そのパンクとニュー・ウェイヴって一括りにされてる場合もあればきっちり区別されてる場合もあるんですけれど、この2つの違いや機微ってどういうものだったんですか?
市川 誤解を怖れずものすごく単純に比較すると<パンク×ニューウェイヴ>は、ヤンキー×オタク、衝動×感性、開放×閉鎖、馬鹿×小利口、みたいな(爆笑)。そもそもは衝動一発の「皆死んじまえ」全否定ロックだったパンクにどうしても体質が合わない文系者たちが、センスと理屈を頼りに始めた一見スマートなパンクが、ニューウェイヴ@ロンドン&NY。だからファッションでもアートでも映画でも文学でもテクノでも、お洒落で頭よさそうに見えるものなら何でも食べちゃう雑食性が武器だった。日本に置き換えれば、ヤンキー的な不良に「絶対なりたくない」けど、とにかく他人とは違うことを「ポップ」にやりたかった草食系かしら。
で、後のV系との絡みでいえばこの時期に<男なのに化粧>が始まっているわけ。メジャー処だとイエロー・マジック・オーケストラ【1】が1978年頃に出てきて、その後の1982年に坂本龍一と忌野清志郎がコラボした「い・け・な・いルージュマジック」のPVでは化粧した男同士でキスしたりして、やたら話題になる。それで「ああ、バンドの人って化粧するんだ」ということが、世間に一応、どうでもいい情報として潜在的に刷りこまれたわけ。するとニューウェイヴ者がモード系に向かうのをよそに、ハードコア・パンクの連中は動物の示威行為のようにモヒカンとピアスを突き詰めて「人間凶器」的ヴィジュアルを志し、ジャパメタのほうもハノイ・ロックス【2】みたいな洋楽ロックバンドを見て、こっちはとにかく派手でグラマラスな化粧に邁進していったよねぇ。
【1】イエロー・マジック・オーケストラ(YMO):1978年に結成された細野晴臣・高橋幸宏・坂本龍一の3人による音楽グループ。80年代のテクノ / ニュー・ウェーヴのムーブメントを牽引した。アメリカやヨーロッパで受け入れられ、その後に逆輸入のかたちで日本でもヒットを飛ばし、79年には2ndアルバム『ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー』がオリコン・チャートの最高1位にランクインした。
【2】ハノイ・ロックス(HANOI ROCKS):フィンランド出身のロックバンドで、1980年代前半に活躍。ガンズ・アンド・ローゼズやスキッド・ロウ、日本ではZIGGYなどに影響を与えたと言われる。音楽性は「グラム・ロック」「グラム・メタル」などと言われるもので、長髪にメイク、個性的なファッションも後代のバンドに多大な影響を与えた。
10年後にたどり着いた〈幸福な関係〉? 復活バンドブームは何をもたらしたか(市川哲史×藤谷千明『すべての道はV系に通ず』第16回)
90年代は遠きにありて思ふものーーネオ・ヴィジュアル系の奮闘と哀愁(市川哲史×藤谷千明『すべての道はV系に通ず』第15回)
ヴィジュアル系の海外展開から〈クールジャパン〉を一方的に考える(市川哲史×藤谷千明『すべての道はV系に通ず』第14回)【不定期連載】
ネットはV系の何を変えたのか?バンギャル漫画家と語るファンとバンドの変化・後編(市川哲史×藤谷千明『すべての道はV系に通ず』第13回)【不定期連載】
ネットはV系の何を変えたのか?バンギャル漫画家と語るファンとバンドの変化・前編(市川哲史×藤谷千明『すべての道はV系に通ず』第12回)【不定期連載】
驕れる者は久しからず!? 「春の夜の夢」V系バブルの後先を振り返る・前編 (市川哲史×藤谷千明『すべての道はV系に通ず』第10回)【不定期連載】
我々はなぜ「生身のX」に居心地の悪さを覚えるのか?――X JAPANのドキュメンタリー映画『WE ARE X』を語る(市川哲史×藤谷千明『すべての道はV系に通ず』第9回)【不定期連載】
愛すべき(?)ヤマ師の世界――V系シーンを育てたマネジメント(市川哲史×藤谷千明『すべての道はV系に通ず』第7回)【不定期連載】