宇野常寛責任編集 PLANETS 政治からサブカルチャーまで。未来へのブループリント

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  • 2021.07.19

働き方改革者の性質(キャラクター)とは ──(意識が高くない僕たちのための)ゼロからはじめる働き方改革 第10回〈リニューアル配信〉

(ほぼ)毎週月曜日は、大手文具メーカー・コクヨに勤めながら「働き方改革アドバイザー」として活躍する坂本崇博さんの好評連載「(意識が高くない僕たちのための)ゼロからはじめる働き方改革」を大幅に加筆再構成してリニューアル配信しています。
今回はリスクテイクの精神や、複数のコミュニティを横断することを参考にしながら、「働き方改革」が実行できる人物の性質(キャラクター)を明らかにしていきます。

(意識が高くない僕たちのための)ゼロからはじめる働き方改革〈リニューアル配信〉
第10回 働き方改革者の性質(キャラクター)とは

あらすじ

前回は私の働き方改革を実践する上で、本人の性質(キャラクター)がある程度影響していることに着目し、そしてそれは先天的なものではなく、自ら変えることができると宣言しました。
そこで今回は、「私の働き方改革を実践できている人はどういう性質があるのか?」について明らかにしていきます。
つまり、「どうやれば自分の性質を変えられるのか?」の前に「どのような性質に変わるとよいのか?」について定義しておくことで、この後の章で「ではその性質になるには何をすればよいか?」とより具体的な解説につなげたいと思います。

働き方改革者は「中二病」?

「私の働き方改革」を実践している働き方改革者に共通する行動特性の一つは「変わり者であろうとする」もしくは「変わり者となることを躊躇しない」という点です。
伝統的なやる事・やり方を見直し、自らの働き方を変えていくという行動の裏には、合理性とか正義感とは別の次元にある「変わったことがしたい」という熱情があるのかもしれません。
つまり、もし多くの人がAという道を選ぶなら、たとえリスクがあろうともBの道に進めないかと考える性質です。これはAという道を選んだ多くの人にとっては「変」な行動をする人だととらえられるでしょう。しかし本人は「皆がAを選んでいる」状態に違和感を抱いており、たとえ王道から外れた「外道」になろうとも、何か違う道はないものかと探すことのほうが「自然」なのです。
そして彼らは、周りから「変」と思われることにも快感を覚えるようになり、王道への違和感だけでなく「変人扱いされること」が半ば目的になって、道を選ぶ際の意思決定をするようになります。
そういえば私も昔から「変人」でした。
私は小学校のころ毎日の通学コースをころころと変えて学校に通っていました。実はこれは、人付き合いが苦手な私として、「少しでも人と会話せずに登下校ができる道で通学したい」という残念な欲求から生み出された行動なのですが、このころから「人と違うこと」を好む性格が形成されていったのではないかと振り返っています。
ある日利き腕の骨を折ってしまってギプス生活をするはめになったのですが、「クラスで一人、ギプスをしていること」に快感を覚えたものです。要は小学校時代から「中二病」だったんですね。ちょっと思い出すたびにおなかのあたりがキューっとなりいたたまれなくなる記憶ばかりです。
なぜそんな子になったのか? 自分なりの仮説としては、私が母子家庭で、かつ貧乏だったからかもしれないと考えています。皆と同じようにランドセルを買ってもらって背負うことなかったし、塾にも行っていませんでした。
こうした状況の中で、子供の私はあえて「人と違う」ことを受け入れ、自分の誇りとする必要があったのかもしれません。「人と違うことは自分のポリシーなんだ」と言い聞かせるように、人と違うこと、違うやり方を率先してやることにハマっていきました。

会社に入ってからも、この中二病は治らず、それどころかどんどん症状が拡大していきました。
入社2年目のころ、当時の私の所属部署はフリーアドレスなオフィスではなく、一人ひとりに自分のデスクがありました。そこにガンダムのフィギュアを並べて悦に入っていました(まだ美少女フィギュアではないだけ、理性が働いているわけですが)。
また、会社から支給されているPCとは別途、やけにスタイリッシュなPCを購入し、とくに使うわけでもないのにそれを机上に置いて、「2台のPCを使いこなしている風」にしてみたり、LEDライト内蔵で光り輝くゲーミングマウスを使ってみたりしていました。
こうした中二病、すなわち「王道を外れて人と違う道を進む」、「周りから浮いている」ことへの憧れのような意識が、「伝統的なやり方とは違うやる事・やり方をしたい」というモチベーションにつながっているのかもしれません。

それでは、この「中二病」という性質は、後天的に身につけることはできない「天賦の才」なのでしょうか?
いえ、そんなことはありません。人はだれでも、そしてたとえ社会人になった今からでも、中二病になることができるのです。いえ、だれもが心の奥底に中二病の自分を抱いているはずであり、その解放の仕方を忘れてしまっているだけなのです。
その手法については、後の章で詳しく解説するとして、私の働き方改革実践者の共通している性質(キャラクター)は、中二病だけではありません。

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