宇野常寛責任編集 PLANETS 政治からサブカルチャーまで。未来へのブループリント

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  • 2019.04.17
  • 井上明人

井上明人『中心をもたない、現象としてのゲームについて』第33回 叙述的共同注意のネットワーク

ゲーム研究者の井上明人さんが、〈遊び〉の原理の追求から〈ゲーム〉という概念の本質を問う「中心をもたない、現象としてのゲームについて」。ネット上に存在している他者との親密な関係の生成を促すシステム。ゲームは同様の媒介性を備えながら、同時に他者との衝突を本質とする面も持ち合わせています。容易には接合しえない諸要素からなるゲームの本質、その概念的な整理を試みます。

4.2 叙述的共同注意のネットワーク

4.2.1コミュニケーションとルール

一時期、他人のひどくプライベートな話を様々な人から集中的に聞いていたことがあった。虐待から逃げてきた子の話、障害のある弟を抱える姉の話、トランスジェンダーの人の話。糖尿病で苦しんでいる人の話。同性愛者の人が結婚した人の親(義理の親)がまた同性愛者で、その義理の親にレイプをされていて悩んでいるという話を一晩じっくり聞いたこともあった。
カウンセラーの仕事をしていたわけではない。その話を聞いていたのはインターネットの中でも、とりわけ匿名性の高いチャットサービスに出入りしていた時のはなしだ。私とは、なにか全く違う人生を歩いている人たちが、同時代の日本のなかにこれほどいるのか、ということを知ることができるということが衝撃で、一時期はほんとうに毎晩通っていた。
性、病気、家族、借金。そういった、私的領域に関わることを、多くの人が私にむかって話してくれた。そこで、信頼されていたのは彼/彼女らにとって、見知らぬ私ではない。信頼されていたのは、私ではなく匿名性を担保するシステムのほうだ。
このサービスの匿名性はTwitterの匿名とは質が違う。Twitterでは固定のIDを原則として使い、人によっては実名と紐づけたアカウントを利用している。このサービスでは、固定のIDもない。ログも残らない。名乗り出ない限り、実名に辿り着かれることはなく、誰も実名を名乗らない。Pfitzmannらの概念【1】を借りるのであれば、リンク不能であり到達不可能【2】という意味での強い匿名性が担保されたサービスだということになるだろう。完全な「名無しさん」同士が会話をするというスタイルのサービスだ。別の例をいうのならば、「王様の耳はロバの耳」と叫ぶための穴のようなものだ。誰かに話してしまいたい自分の秘密を叫ぶための穴のような場所が、インターネットにはいろいろな形で存在している。

そこで話される話は、5chやはてな匿名ダイアリーにはたまに書かれることはあっても、Twitterや、Facebookにはなかなか出てこない話だ。かつての2ch(現5ch)には獣姦や、自慰などについての具体的な体験談を綴った「名作」と言われる過去ログがある。確かに、獣姦が趣味だという人に会うことはまずないし、たとえ会うことがあったとしてもカミングアウトされることもまずない。極限まで匿名性が高く担保されたようなサービスは、ニュースになることはないが、インターネットのどこかで、今日も盛んに話されているはずだ。
よく知られているように、我々のコミュニケーションは、対話をする環境に大きな影響を受け、そのありようを変化させる。
フェイクニュースや炎上の問題など公共的な領域に関わる議論はもちろん、さきほど述べたように私的な領域にわたっても起こっている。初対面の私に向かってプライベートなことを話はじめる人はほとんどいないだろうが、高い匿名性が担保された場所であれば、人はふつう言えないようなことも言ってしまう。
行為を行わせる環境を信頼して行為の構造を変える、というのはネットサービスに限った話ではなく、むろんゲームでも起こっていることだ。
初対面の相手とトランプなどのゲームを通して仲良くなったという経験がある人は多いだろう。それほど社交力のない人にとっては、初対面の相手と仲良く話すというのはそれなりに面倒なことでもあるが、ゲームはその面倒な部分をうまくやらないでいいようにしてくれる。ババ抜きをするときに、相手にババを引かせたからといって相手の心証を悪くする心配はしなくてもいいし、自分が何者なのかといった自己紹介を相手の興味を測りながら話すようなこともしなくていい。多くのゲームでは、見知らぬ他人とゲームをすることは、それほど苦労のいることではない。法や、貨幣といったコミュニケーションを媒介する環境が、我々の社会におけるコミュニケーションの焦点を変化させ、複雑性を縮減するのと同様な形で、ゲームのコミュニケーションも機能していると言っていい。【3】

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