アメリカ西海岸より愛をこめて──自動車改造文化の金字塔「バハバグ」(『カーデザインの20世紀』第4回)
この連載は『カーデザインは未来を描く』として書籍化されています!
今朝のメルマガはデザイナー・根津孝太さんによる連載『カーデザインの20世紀』第4回をお届けします。前回はおおらかで夢見がちなアメ車文化の象徴としてバットモービルを取り上げましたが、今回はアメリカ西海岸のカウンターカルチャーを源流とする自動車改造文化「バハバグ」に焦点を当てます。ユーザーたちのDIYスピリットの結晶であるこの「バハバグ」をテーマに、車というものに宿るプリミティブな魅力を考えます。
◎構成:池田明季哉
ひょっとしたら、今回取り上げるバハバグという車は、ご存知ない方も多いかもしれません。これは連載の第2回にも登場した「フォルクスワーゲン・タイプ1」を不整地走行用に改造して作られたバギーカーの総称で、普通に市販されている車ではありません。その個性的な可愛らしくも力強いデザインに宿った、今失われつつある車の別の可能性について語ってみたいと思います。
(出典)
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■ 荒地を1600km疾走するマシン
バハバグは「バハ1000(baja1000)」というレースに出場する「バギー(buggy)」と、フォルクスワーゲン・タイプ1の愛称である「ビートル=虫=バグ(bug)」をかけて「バハバグ(baja bug)」という名前になったと言われています。バハ1000はアメリカのカリフォルニアの南、メキシコのバハ・カリフォルニア半島を縦断するレースで、その名の通りコースはおよそ1000マイル(約1600km)。コースと言っても舗装など一切されていない、砂漠に近い荒野です。不眠不休でこのコースを走り、走行時間は20時間以上、完走率はなんと半分程度と、世界で最も過酷なレースと呼ばれています。バハ1000は改造元の車種などによっていくつものカテゴリーに分かれているのですが、このタイプ1を改造したバハバグはそれだけでひとつのクラスになっているほどの人気ぶりです。
▲コースを走るバハバグ。過酷な環境であることがよくわかる。(出典)
もともとバハ1000は、北米大陸で行われていた草レースがその発祥と言われています。20万人を動員する大規模なレースになった今でも、個人がたくさん参加しています。車のレースはどうしてもお金がかかるので、みなさんが普段目にするF1やWRCのような大きなレースは、基本的にスポンサーが入って大きく資本を投入しているものばかりです。バハにももちろんスポンサーは入っていいるのですが、他のレースに比べればその商業化の度合いは低いと言えるでしょう。参加者もエンジニア兼ドライバーとして参加する人が多く、基本的には自分の車を改造し出場して楽しむ稀有なイベントなのです。
■ 機能の追求が可愛い見た目を生んだ
バハ1000を攻略するために生まれたバハバグは、非常に個性的なデザインになっています。もちろん個人の改造車なのでいろいろな仕様があってそれぞれの魅力があるのですが、「これぞバハバグ!」という代表的な仕様はなんとなく決まっています。
まず、一番目につくのはその巨大なタイヤでしょう。でこぼこの荒地を走るので、車高を上げて車体が地面にぶつからないようにしなければいけません。つまり、悪路の走破性を高めるための改造なんです。外見からすぐにはわかりませんが、道のでこぼこに合わせてサスペンションも大きく上下に動くようになっています。
タイヤのサイズを上げてサスペンションのストロークを取ると、タイヤがフェンダー(タイヤを囲うように取り付けられた泥よけ)にぶつかってしまいます。そこでフェンダーを切ってしまうわけですが、本来そこについているライトをどこかに移動させなくてはなりません。そこで多くのバハバグでは、ボディ前面にふたつのライトを並べています。この寄り目のデザインがとても可愛いですよね。
▲特徴的な寄り目が愛らしい。(出典)
また、後部のエンジンはだいたい剥き出しになっています。思い切ったデザインですが理由は明確で、空冷エンジンなのでカバーで覆っていると冷えないのですね。暑いバハ・カリフォルニアを不休で走り続ける過酷なレースに合わせた改造です。また、故障したときにすぐに修理しやすいという整備性の問題もあるでしょう。
▲完全に露出しているエンジン。写真のように、一応パイプで保護しているものも多い。(出典)
こうして出来上がったバハバグのデザインは、タイヤとエンジンと人という、車のプリミティブな要素を剥き出しにしたものになっています。鳥山明さんの漫画に出てくるメカや、チョロQのようなディフォルメ感も感じられるのではないでしょうか。過酷なレースに適応するためであれば「いかつい」デザインになっていきそうなものですが、逆により可愛くなってしまっている。こんなユニークなデザインはなかなか他にありません。
■ なぜバハバグは「バグ」なのか
バハバグがこうしたデザインになっていったのは、フォルクスワーゲン・タイプ1という車の素性も関係しています。そもそもカリフォルニア半島でスタートしたこのレース、なぜ外国車であるドイツ車が改造されるようになったのでしょう。当時の王道アメリカ車であるフォードやGMがベースになっても良さそうなものです。
最も大きな理由は、タイプ1の基本設計が優れていたことです。この連載の第2回でもお話しさせていただいたように、ポルシェ博士がヒトラーの国民車構想に応える形で練り上げたタイプ1は、車としての基本性能が優れているだけでなく、シンプルで耐久性が高く、専門知識を持つメカニックでなくとも手を入れやすい構造だったのです。
タイプ1はエンジンのあるリアセクションやフロントのサスペンション、ステアリング機構などが全てユニット化されています。ユニットごとにカスタムしたりパワーアップすることが容易である、という優れた特徴を持っていたんです。それゆえ、改造を施していくときに、ひとつひとつの機能が主張する形になっていった。これが真面目な理由です。
もうひとつ、なんでも真面目な理由の裏には、真面目じゃない理由があるものです。タイプ1のような可愛いらしいものがバカでかいタイヤを履いて荒地を走るなんて、燃えると思いませんか? 「こいつ可愛いのにすごい!」という感動が、カリフォルニアの男たちにタイプ1を選ばせたのだと僕は思っています。
■ ヒッピー、シリコンバレー、そしてバハバグ
バハ1000は1967年にスタートしたレース。バハバグは70年代がその黄金時代です。70年代アメリカ西海岸でフォルクスワーゲンと言えば、ヒッピーたちがサイケデリックなペイントを施した、フォルクスワーゲン・タイプ2が有名です。デザインは全く違いますが、同じ時代と場所を背景に生まれてきたという意味では、通じるところもあるように思います。
▲サイケペイントのフォルクスワーゲン・タイプ2。ヒッピームーブメントの象徴となった。(出典)
現在、アメリカ西海岸発祥のカウンターカルチャーは世界中で大きな影響力を持っています。AppleやGoogle、最近ならFacebookもそうですが、こうした世界を変えた錚々たるIT企業の本拠地シリコンバレーは、西海岸文化を象徴する存在です。スティーブ・ジョブズが率いた創業期のAppleは、ガレージで組み上げたコンピュータを売ることで誰でもコンピュータを手にできる時代をもたらそうとしました。こうした「何でも自分でやってしまう」という西海岸のDIY精神が、今の情報産業の爆発的な発展の基礎を作り上げたことは間違いありません。現在の僕たちの生活は、こうしたカルチャーの大きな影響を受けているのです。
僕が西海岸に行ったとき、「スワップミート」と呼ばれる市場がありました。ボロボロのジャンクをみんなで持ち寄って交換するのです。そこで古いApple IIを買ったのですが、これがちゃんと動くんですね。誰が買うの? と思うようなパーツがあっても、必ず誰かが買っていくんです。非常に西海岸らしい光景だなと思いました。
▲スワップミートの様子。もちろん西海岸以外でも行われている。(出典)
僕はこうしたアメリカ西海岸のDIYカルチャーとバハバグは、同じような感覚を共有しているように思います。もちろんレースで勝つことも大事なのですが、「やっていること自体が楽しい」というのが肝なんです。だからパーツを交換し合ったり、「どんないじり方をしたの?」というお互いの交流を通じて、濃いコミュニティが出来上がっていったのだと思います。
スティーブ・ジョブズが学生時代にヒッピーカルチャーに傾倒していたことは有名ですが、バハバグ文化において外国車であるフォルクスワーゲンが改造のベースに選ばれたことも、そういったカウンターカルチャー的な意識があったからではないかと思っています。メインストリームのアメ車ではなく、あくまでアメリカではサブカルチャーであるドイツ車のフォルクスワーゲンを改造するからこそ面白いというわけですね。70年代、まだおおらかさが残るアメリカでは、方向性はいろいろあるにせよ、自由を表現することが許されていた。その自由を表現する対象のひとつとして車が選ばれていたと言えるかもしれません。