宇野常寛責任編集 PLANETS 政治からサブカルチャーまで。未来へのブループリント

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  • 2021.02.02

アジアを羽ばたいてしまっている異世界転生|井上明人

ゲーム研究者の井上明人さんが、〈遊び〉の原理の追求から〈ゲーム〉という概念の本質を問う『中心をもたない、現象としてのゲームについて』。今回は番外編として、韓国・中国での「異世界転生」ものの方向性の違いを考察します。
いまやアジアの共通言語になりつつある「異世界転生」ジャンル。その多くが「復讐劇」の形態をとる点はよく似ていますが、日本ではいじめられっ子が個人的動機から強者を見返すパターンが多い一方、中国・韓国ではそれぞれの社会の特質を反映し、復讐にまつわるモチベーションのあり方が大きく異なるようです。

井上明人 中心をもたない、現象としてのゲームについて
番外編 アジアを羽ばたいてしまっている異世界転生

「ピッコマ」から見える韓国・中国での転生ものの隆盛

最初に異世界転生ものについて書いたのは、2017年だった。2017年時点では、ウェブ小説をベースとした異世界作品の消費はピークなのではないかと思っていた。しかし、異世界ものの快進撃は、2021年現在になっても、とどまることなくウェブ小説のコミカライズやアニメ化の波は多くの読者諸氏が知るところだろう。
そして、この波は、国内のみの状況にとどまらず、2010年代後半には、もはや韓国・中国を含むアジアをまたぐ一大文化現象になっていると言っていい。
この状況をもっとも、わかりやすく把握できるのは、2016年にサービスがスタートした、ウェブマンガアプリのスマートデバイス向けの漫画・小説アプリ「ピッコマ」である。
「ピッコマ」は韓国資本のアプリであり、ベースになっているサービスが韓国の「カカオページ」である。日本のマンガも数多く掲載されているが、韓国と中国のウェブマンガが多数日本向けにローカライズされている。そして、その多くに「転生」もののストーリーが含まれ、また、人気作品の多くが各国のウェブ小説をベースにしている。
たとえば、2020年の「ピッコマ」内でよく読まれた人気作品を見てみると、2020年に国内で歴史的な大ヒットを遂げた『鬼滅の刃』は、3位にとどまり、1位は韓国発の『俺だけレベルアップな件』(2016-、Chugong・h-goon・DUBU(REDICE STUDIO)、原題:나 혼자만 레벨업)、2位も韓国の『極道高校生』(2017-、原作lee hoon young、作画KIM EUI KWON、原題:보스 인 스쿨)(もとは、カカオページではなくtoomicsという別のサイトの人気作品)と韓国勢が上に並ぶ。そして、『鬼滅の刃』の次に並ぶのは、中国版の「なろう」とも言えるウェブ小説サイト「阅文集团」の人気作品『Retry〜再び最強の神仙へ〜』(2016?-、原作:十里剣神 作画:大行道動漫、原題:重生之都市修仙)となっている。

中世ヨーロッパ風ファンタジー世界ではなく、武侠世界に転生する中国系転生小説

では、「ピッコマ」でローカライズされるような作品は、「小説家になろう」のような異世界転生もの小説そのものかというと、似た点は多いのだが、全く一緒というわけではない。
大きな違いの一つを、ざっくりといえば、転生する先が、中世ヨーロッパ風の謎ファンタジー世界ではなく、中世中国風の謎ファンタジー世界である「武侠世界」に転生することが多い。
なろう小説であれば、D級冒険者・C級冒険者、B級冒険者……といった強さのランキングシステムがあるが、武侠ものであれば、一成、二成、三成……(あるいは、達人、一流達人、超一流達人……など)といった形で概念系が変わる。この概念系は、かなり普及しているようで、中世ヨーロッパ風ファンタジーであっても、中国・韓国の作品では、「一成、二成……」の概念が使われていることも多い。たとえば、『4000年ぶりに帰還した大魔導士』(2017-、kd-dragon(REDICE STUDIO)・落下傘・フジツボ、原題:4000년 만에 귀환한 대마도사)などは、ほとんどヨーロッパ風の登場人物しか登場しないが、強さの概念系だけは、「一成、二成……」がベースとなっている。
武侠世界観というジャンルは日本ではマイナージャンルだが、中国・韓国のコンテンツマーケットにおいては、もともと20世紀の中頃から広く受容されてきた超メジャージャンルである。この世界観が、いかに支配的なものかがわかるだろう。
物語のベースも、その影響があり近年の「転生」モチーフと、武侠世界観モチーフをかけ合わせたようなものも少なくない。たとえば、『神魔驚天記』(2016-、GomGuck・O’Emperor、原題:신마경천기)や、『華山転生』(2016-、tomassi・JUN、原題:화산전생)は、いずれも無念のなか死んだ主人公が前世の記憶をもって次の生に転生し、次の生で無双する。また、「もともと伝説的な武人だった主人公が死んだのち、数千年後に転生する話」などの設定も数多くあり、連載を追っていると、あまりにもそれぞれの作品の設定が似かよっているので、どの話がどの作品だったのか混乱してしまいそうになる感じなどは、まさに「なろう小説」を読んでいる感覚に近い。

復讐劇の日・韓・中

「なろう小説」が、設定だけは、一見して似ているが、中身にいくつかのクラスターがあるように、「ピッコマ」の転生物語群にも、いくつかの作品の方向性がある。
アジアの転生もの作品は、「復讐劇」の形態をとる作品が非常に多いのだが、復讐にかかるモチベーションのあり方がそれぞれに大きく異なっている。

(1)日本:いじめられっ子の復讐からの発展

まず、日本の復讐劇シナリオから確認しておくと、このジャンルは、すでにブームが一周した感があるが、2010年代前半からすでに、白米良『ありふれた職業で世界最強』(2013-)や、アネコユサギ『盾の勇者の成り上がり』(2012-)があり、2010年代後半には、勇者パーティーから無能の烙印をおされて追い出された主人公が、やりかえすというタイプのテンプレートが量産された。基本の物語フォーマットは、いじめられっ子がいじめっ子を見返すタイプの怨念系の話の亜種が多かった。最近は、復讐物語が基本フォーマットになりすぎたため、もはやいじめられっ子ストーリーとも言い切れなくなってきたが、日本の作品における復讐の対象は、クラスメイトだとか、もともとは対等な立場だった人間にたいする復讐がかなり多く見受けられると言っていいだろう。そして、追い出された主人公は何かしらの正義を主張できる立場にあることが多い。

(2)韓国:権力者に対する抵抗としての復讐

そして、韓国系の復讐劇シナリオだが、これは怨念の強さが日本よりもグレードアップする感触が強い。たとえば、ピッコマで連載され、国内で話題となっている作品に『梨泰院クラス』(2017-2018、Kwang jin、原題:이태원 클라쓰)(「ピッコマ」では、ローカライズの結果『六本木クラス』と改題)などはわかりやすいが、対決する相手が同じクラスのいじめっ子であるにしても、そのいじめっ子は、大財閥の息子であり、主人公を追い込んでくる存在は、社会的な権力者であり、韓国系の復讐劇シナリオの多くは、個人的な復讐劇である以上に、不当な権力に対する社会正義の実現という形式をとって表現されていることが多い。
先に紹介した、武侠ものの『神魔驚天記』や、中世ヨーロッパ風の『4000年ぶりに帰還した大魔導士』のどちらでも、権力者や支配者による陰謀が物語の大きな主題となっている。
韓国の「復讐モノ」は、日本人の読者である私にとっては、正直、やや情念が濃すぎる印象をもってしまうが、近代韓国社会において「権力者の陰謀」は日本よりも遥かに切実で実際にたびたび大きな事件が起こっている社会でもある(光州事件や、6月民主抗争など)。
日本的なコンテンツとは明らかに異なっているが、「韓国」という社会の特質がこういったところにも流れ込んでいるのをみることができるのは、興味深くもある。

(3)中国:弱肉強食の世界における復讐 

さて、韓国の復讐劇までは、日本の多くの読者にとっても比較的、読みやすいというか日本の物語の類型の一種としても回収できないわけでもない。実際、日本の物語でも、権力者への復讐が要素として含まれていることは珍しくはない。その意味で、韓国と日本の物語の違いは、あくまで全体的な傾向性の話であって、いずれも「虐げられた弱者が正義の実現を図る」という点では、大まかには類似した物語である。復讐のモチベーションが個人的なものが強いか、社会的な文脈が強いかという違いがあるという程度の問題でしかないと言えば、そうなのである。
他方で、カルチャーショックを受けてしまうのは、やはり中国ウェブ小説発のいくつかの作品群である。一部の中国作品の復讐ものには、正義の問題というものが存在しない。
予め断っておくと、「ピッコマ」では、中国系コンテンツのローカライズは、韓国作品に比べると、そこまで多いわけではないので、ここで紹介する作品が中国という巨大国家の全体を代表していると言い切れるわけではない。……しかし、それでも、次に挙げるいくつかの作品を挙げたいと思うのは、やはり、どう捻っても、日本の物語の作品系譜からは出てこないからである。
まず、軽いジャブ的に紹介しておくと、たとえば、『最強課金プレイヤー』(2019?、原作:SHIWUSHUANG、作画:XIANGPIZHA、中国語原題:氪金玩家)は、その傾向をもった作品の一つだ。現実世界で、とある富豪にひどい目に合わされた主人公は、VRMMOの世界で再起を図り、自分を軽んじた相手にやりかえすのだが、そもそも、主人公自体がいささか落ちぶれたとは言え大富豪なのである。『最強課金プレイヤー』というタイトルがあらわしているように、主人公はゲームの世界に億単位の金額を使ってゲーム内世界で最強になっている。

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『Retry〜再び最強の神仙へ〜』:登場人物の全員が悪役の発想

中国作品で、特筆すべき作品は、『Retry〜再び最強の神仙へ〜』である。最初に言及したとおり、2020年の「ピッコマ」ではアクセス数が、3位の『鬼滅の刃』に次ぐ4位の人気作品であり、「ピッコマ」内で、もっともたくさん読まれた中国ウェブトゥーンになる。
主人公は、500年修行した仙人だったのだが、仙人として命を失ったあとに大学生時代(日本では2019年)にタイムリープをして、人生をやりなおす。
本作は、弱肉強食の世界観なのであるが、この作品の提示する力こそが全ての世界というのは、たとえば『グラップラー刃牙』シリーズ(1991-、板垣恵介)など以上に一貫した「力」への信頼がおかれている。
比較のために刃牙シリーズとの違いを確認しておくと、刃牙シリーズの世界の中で「世界最強」というような概念が登場するとき、「最強」という価値観が重要な作品世界であることは、読者にむかって繰り返し説得される。銃が登場した近代以後の世界において、個人的な力を磨き上げることが無意味なのではないかというような、ごくあたりまえの考えを、あえて否定するために、刃牙シリーズの格闘家たちは一人で野生の猛獣を倒し、軍隊と立ち向かい、アメリカ大統領を震えさせる。刃牙シリーズは、そのようなフィクションのリアリティを説得的に繰り返し描くことではじめて成立する魅力的な法螺話である。
一方で、『Retry〜再び最強の神仙へ〜』は力が重要であるということを一切、誰も説得しない。説得しないし、それが重要であるとか、重要でないといったメタ的な価値について誰も、疑問を挟まない。登場人物の全員が、個人的な武力、財力、政治力、美貌といった現世的な「力」が何よりも重要だということについて、一切の疑問を持っていない。そして、誰も、復讐者の正義だとか、弱者の権利だとか、そういうことを口にしない。
復讐をするならば、ただ単に力でもって、相手を制圧すればよい。虐げられたら、ただ単にやりかえす。何だったら、殺したければ殺してもよいので、主人公は、けっこうどんどんと相手を殺す。

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