これから映画はオペラ・歌舞伎化していく――『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』が示す「自己参照の時代」の到来(森直人×宇野常寛)
今朝のメルマガは、『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』をめぐる森直人さんと宇野常寛の対談をお届けします。J.J.エイブラムス監督の手による本作の「出来の良さ」から見えてくる、映画を中心とした映像文化の変容とは?(初出:「サイゾー」2016年2月号(サイゾー))
(出典)公式サイト
▼作品紹介
『スター・ウォーズ/ フォースの覚醒』
監督/J.J.エイブラムス 脚本/J.J.エイブラムス、ローレンス・カスダンほか 出演/ハリソン・フォード、マーク・ハミル、デイジー・リドリーほか 配給/ウォルト・ディズニー・モーション・ピクチャーズ 公開/15年12月18日
エピソード6で描かれたエンドアの戦いから30年後が舞台。姿を消したルーク・スカイウォーカーを探しながら、レイアたちはレジスタンスを結成して銀河帝国の残党「ファースト・オーダー」と戦っていた。砂漠の惑星に住む少女レイは、レジスタンスのメンバーがルークの所在地図を託したBB-8と出会い、その戦いに参加してゆく。途中、ファースト・オーダーから逃げ出したストームトルーパーのひとりフィンとも行動を共にすることになる。エピソード4~6の旧三部作、1~3の新三部作に次ぐ新たな章の幕開けとなるエピソード7。
▼対談者プロフィール
森 直人(もり・なおと)
1971年生まれ。ライター/映画評論家。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、共著に『ゼロ年代プラスの映画』(河出書房新社)など。
宇野 僕は全然『スター・ウォーズ』マニアではないんですよ。さらに言うと、J.J.エイブラムス【1】も世間ほど高く評価していなかった。『スター・トレック イントゥ・ダークネス』(13年)がそうだったように、脚本のギミックで勝負しようとする作品が多くて、どうにも小賢しく感じていた。映画的な快楽を全然信じていないし使えない人なんだな、と。唯一好きだったのが『SUPER8/スーパーエイト』【2】で、あの作品に現れていた、映画史的なものに対するノスタルジックな視線のほうが、エイブラムスのオタク性が有効に働くと思っていた。今回も彼の二次創作作家としての才能がプラスに働いたんじゃないか。こんなこと言ったらファンに怒られるかもしれないけれど、単純に1本の映画として観た時、シリーズ全7作の中で一番「出来が」いいと思う。これはこれで褒め言葉に聞こえないかもしれないけど(笑)。
【1】 J.J.エイブラムス:1966年アメリカ生まれ。高校・大学時代から映画音楽や脚本に携わり、98年に『アルマゲドン』の脚本に参加。2000年代は『エイリアス』や『LOST』など人気テレビドラマシリーズの脚本を手がけ、05年には『ミッション:インポッシブルⅢ』、その後『スター・トレック』等の監督を務める。
【2】『SUPER8/スーパーエイト』:監督・脚本/J.J.エイブラムス製作/スティーヴン・スピルバーグほか 公開年/11年
79年、オハイオ州で自主制作のゾンビ映画を撮ろうとしていた少年たちは、夜中に線路で貨物列車の炎上事故を偶然撮影する。貨物に積まれていたのは宇宙人であり、彼らの周囲と街全体は恐慌に陥ることに。スピルバーグ監修、エイブラムス監督による『未知との遭遇』『E.T.』へのオマージュ的作品とされる。
森 僕も感想をひと言でまとめるなら「すごく上手」に尽きる。まったくストレスを感じずに楽しみました。とはいえ基本的にそれは想定内で、もしルーカスが監督するんだったら「今度は何をしでかすのか?」と皆ドキドキしていたと思うんですけど(笑)、J.J.がやるとなった時、誰もがある程度安心したんじゃないかな。宇野さんのおっしゃることもよくわかるんですけど、J.J.に対する世間の評価は『スター・トレック』のリブートを優等生的に成立させた時点でかなり固定したと思うので、今回も確実に80点を取ることは予想できていた。でもエピソード7は「無難以上の出来」だったと思う。
宇野 きっちり現代風にアップデートされていましたね。今初期三部作を観ると、恥ずかしくなるくらいストレートに、少年の社会化の物語から始まって父殺しの神話に接続していくというのをやっている。それが今回は、物語構造はほぼエピソード4を踏襲し、主人公格を黒人の青年と若い女の子に分散していて、政治的な配慮と共感のアイコンの分散として非常にうまく機能していた。キャラクター消費として旧来のファンの欲望を満たしつつ、現代の新しい神話として再提示するという役割を果たしていた。その時点でこの映画は、我々の期待しているものをクリアしていたと思う。
もともと『スター・ウォーズ』って、ストーリーは省略が多くて繋がっていないし、ドラマ性もとってつけたような薄っぺらさがあって、脚本・演出共に出来がいいとは言いがたかった。でも発想が新しくてエポックメイキングだからそれでいい、というものだったと思う。新三部作(エピソード1~3)は逆に、現代の技術で世界観を拡張することが望まれていたにもかかわらず、旧三部作と同じテンションで展開されてしまったためにどこか焦点がぼやけていたように思う。今回はその反省から、しっかりとマーケットの要請を押さえていましたよね。加えて、単純に現在の技術で『スター・ウォーズ』をしっかりやると、絵面はそんなに変わらないのにものすごくレベルアップしている。その快楽と、ヒロインの女優がものすごくいいというプラスアルファがあった。まさかエイブラムスの撮った『スター・ウォーズ』で、普通に役者がいいと思うなんてことがあると思っていなかった(笑)。ただ、往年の『スターウォーズ』ファンはこういう「過不足のないつくり」はすごく嫌がるかもしれませんね。まったく「らしくない」とも言えるので。
森 ルーカスは ILM【3】を立ち上げただけあって、デジタルジャンキーな側面があるでしょう。そのせいで新三部作はVFXの進化の過渡期をそのまま表していた。特にエピソード1『ファントム・メナス』(99年)はまだデジタルとフィルム撮影が交じっていて、どこか映像の実験に走っている印象です。でも今作は、シリーズで初めて3Dカメラで撮られたものなんだけど、同時に「旧三部作への回帰」がテーマにあって、映像もアナログの特撮と最新のCGを絶妙に組み合わせている。役者も活きているし、模型フェチ心をくすぐる物質感もあって、最適解と言っていいほどバランスがいい。観賞後は思わずトミカのおもちゃとか買っちゃいますよね(笑)。
J.J.は66年生まれで、エピソード4(77年)をリアルタイムで観ている世代。つまり『スター・ウォーズ』は彼の文化的原体験のひとつです。だからファン目線で批評的に作ることができていて、オールドファンの欲望のツボを突いてくるし、同時にビギナーも感染させる力がある。物語の途中から観てもハマるようにできているのは、J.J.がテレビドラマの仕事で培った話法が大きいのかもしれませんね。
『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(15年)について対談した際に宇野さんは、15年は大作シリーズのリメイクやリブートが多くて、20世紀生まれのキャラクターを消費する段階に入っているという話をされてました。それはさらに進んで、20世紀のキャラクターやコンテンツを21世紀の技術で強化するやり方が本流になりつつある。そういう意味で今作は、破天荒な天才オリジネーターより、“使えるヤツ”的な最優秀フォロワーが重宝されがちな時代の象徴的な成功作であり、J.J.はフォロワータイプの代表選手だと明らかにしたんじゃないかな。
【3】ILM:ルーカスが立ち上げた特殊効果・VFXのスタジオ。「インダストリアル・ライト&マジック」の略。ルーカスフィルム買収により、現在はディズニー傘下にある。
宇野 今回、エピソード7への評価とは別に、このSW現象を見ていて、僕らの映画に対する欲望自体の変化を感じた。実際、エピソード7を観てそこそこ満足している自分を顧みたときに、映画に対する欲望がオペラに対するもののようになってしまっているんですよね。映画というのは究極的には20世紀のもので、特に大衆娯楽映画をグローバルに拡大する動きは戦後のものだった。そして今、グローバルな映像産業においては、20世紀のビッグタイトルを温め直す娯楽が興行の中心に来ている。もちろんそうでない映像産業はローカルかつミニマムに移っていくんだけど、少なくともハリウッドはそうなってしまっている。結果、ある程度の規模以上のグローバルな映画はオペラや歌舞伎のように、20世紀のノスタルジーで駆動する名作への二次創作的なアプローチとして、再解釈の精度とユニークさを競う自己参照の時代になっていくんだと思う。
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