【無料公開】落合陽一『デジタルネイチャー 生態系を為す汎神化された計算機による侘と寂』まえがき
本日発売となる、研究者・メディアアーティストの落合陽一さんの
最新刊『デジタルネイチャー 生態系を為す汎神化された計算機による侘と寂』(PLANETS )より、まえがきを無料公開します! テクノロジーによっていかに〈近代〉の枠組みが再構築されうるの か。落合さんの提唱する〈デジタルネイチャー〉を繙(ひもと) いていきます。
書籍情報
▲落合陽一『デジタルネイチャー 生態系を為す汎神化された計算機による侘と寂』6月15日発売!
▲【対談】落合陽一×宇野常寛 〈計算機自然〉はプラットフォームへの隷属を乗り越えうるかーー
まえがき
2017年の秋口の深夜、スマートフォンが産声をあげて10年後
ハイビームを焚いて走行する車内から、窓の外を流れる景色を眺め
フロントガラス越しの風景がどこか二次元的に感じられるのは、映
深い暗闇の中、曲がりくねった山道で、運転手は注意深くステアリ
静止しているようにも感じられるが、速度計によれば、確かに時速
運転手の身体は、ステアリングホイールを通じて機械に接続されて
霧に覆われた世界の中で考える。僕は今、感覚器の環境要因による
今、僕の信頼は、静止軌道上の衛星から送られてくる情報とデータ
山道の先にあるのは小さな宿場町だ。約2年ぶりとなる硬質なテー
すなわち〈計数的な自然〉─デジタルネイチャーへと没入した思考
〈自然〉と〈デジタル〉の融合。寂びたデジタルが行き着く〈新た
視界の片隅で明滅しているスマートフォンとスマートウォッチは、
遠からぬ未来、人類はフォトンと空気振動が媒介するネットワーク
その先にあるのは、五感の被覆により、モノの実在感すらもデジタ
So gibt uns die Natur schon in ihrem materiellen Reich ein Vorspiel des Unbegrenzten und hebt hier schon zum Teil die Fesseln auf, deren sie sich im Reich der Form ganz und gar entledigt.【参考2】
18世紀の思想家であり詩人のフリードリヒ・フォン・シラー【注
彼のいう「植物の余剰」と「動物の余剰」は、現代においては「機
現在の社会で自明とされている〈人間【注14】〉〈社会【注15
近代に発明され、今もなお我々を束縛し続けている理念は、それを
東洋文明では、言語を超越する認識のあり方を、長い歴史の中で発
しかし、近年の計算機技術の発展は、言語を介在せずに現象を直接
この「非言語的直接変換システム」のパラダイムでは、東洋文明の
4世紀頃、大乗仏教の一派として西域で成立した華厳経は、世界の
「理法界」や、その発展である「理事無礙法界」は、現象の根拠に
この認識のあり方は、自然とデジタルの融和を指向する東洋的なコ
この次元の認識においては、西洋形而上学の二分法的な概念は超克
昔者荘周夢為胡蝶。栩栩然胡蝶也。
自喩適志与。不知周也。俄然覚、則蘧蘧然周也。
不知、周之夢為胡蝶与、胡蝶之夢為周与。
周与胡蝶、則必有分矣。此之謂物化。
紀元前4世紀に、中国の思想家である荘周(荘子【注24】)が著
ある日、荘周は蝶になる夢を見た。眠りから覚めた荘周は、今の自
百家争鳴と呼ばれる春秋戦国時代の活発な思想活動の中でも、荘周
約2400年前に荘周が到達した言語を超越した世界認識は、今日
我々の言語は、いうなれば言語を用いる人間という〈オートエンコ
古池や蛙飛びこむ水の音
この芭蕉の有名な句を理解しようとするとき、我々は、わずか三つ
ディープラーニング【注30】以降の機械学習【注31】の思想的
生物はこの地球上に現れた最初の情報処理を行う量子化機械【注3
深層学習の多くのアプリケーションは現段階では、視覚や聴覚、言
霧の山道を突き進む僕たちは、データベースに蓄積された環境情報
思考を現実へと戻そう。
僕は今、夜と霧の山道で、柔らかな光の中にいる。運転手は、フロ
我々は、目に見える情報だけでは、意思決定の半分も行えない。霧
遠からず実現するであろう、〈自然〉を〈デジタル〉によって調停
温泉宿まであと少し。夜と霧が明ける頃には、この原稿を書き終え
今、我々の感覚や思考のベースになっている言語や思考のフレーム
(書籍に続く)
注1 発光ダイオード(LED)や有機発光ダイオード(有機EL)など
の照明技術のこと。1990年代の青色LEDの発明以降、照明機 器として急速に広まった。主に半導体製造プロセスに則り製造され る。
注2 微細な粒子によって発生する光の散乱現象のこと。雲や霧などの波長によらず白色散乱を起こす性質のこと。
注3 光子。光を構成する素粒子。粒子と波動の特徴を併せ持つ性質がある。近年コンピュータの業界でも光コンピュータの研究事例が増え ている。
注4 高度に発達したコンピュータは、社会に偏在する段階(ユビキタス)を経て、自然と融合した新しい生態系として地球上を覆い尽くす ことになるだろう。本書ではこのヴィジョンを〈計数的な自然〉 または〈計算機的な自然〉あるいは〈デジタルネイチャー〉 と呼ぶ。
注5 今日使われている「主体」や「個人」といった概念の成立は18世紀に遡る。1789年のフランス革命を端緒とする近代の黎明期、 ルソーら啓蒙主義者たちが創出し定義したこれらの概念は、今日に 至るまで自由主義や民主主義の根幹として機能している。
注6 西欧で発生した資本主義は産業革命を契機とする大量生産とそれに付随する消費社会を生み出したが、東洋文明では資源が循環するエ コロジカルな経済圏を形成した。日本の江戸時代の社会構造や勤勉 革命はその典型例。
注7 インターネットとワイヤレスネットワークによるヒト同士の通信は、海中でハクジラが行う音響信号を使ったコミュニケーションと極 めてよく似たネットワークを構成しうる。
注8 本書では人類・人間・ヒト・人という言葉が頻出するが、「人類」は進化論的存在、「人間」は社会的存在、「ヒト」は生物学的存在 、「人」は文化的存在、という意味で使い分けている。
注9 現在のコンピュータは、人間の視覚や聴覚といった部分的な感覚を低解像度で仮構する機能に留まっているが、 将来的には触覚を含めた全感覚を代替し、物質それ自体の直接出力 を行うことができるようになる。そのとき、人間は物質性や空間性 の軛から解き放たれることになるだろう。
注10 肉体や記憶や人格の完全な仮想化によって、人間存在は時間や空間の障壁を超えて、あらゆる時空間に存在するようになる。この物質 性の軛を超えた情報存在としての知能の形を、本書では〈幽体〉 と呼ぶ。
注11 18世紀末に活躍した詩人、劇作家、思想家。ゲーテと並ぶドイツ古典主義を代表する作家であり、後の自由主義やロマン派の成立に 大きな影響を与えた。ベートーヴェン交響曲第9番「歓喜の歌」の 作詞者としても知られる。
注12 人工ニューラルネットワークとして知られる生物の神経細胞の構造を模倣した数理的モデル。1943年にウォーレン・マカロックと ウォルター・ピッツが発表した形式ニューロンから研究が始まり、 2000年代に入ると多層ニューラルネットワークによる深層学習 の登場で、時空間フィルタのような統計処理は人工ニューラルネッ トワーク上に外在化された。
注13 近代的〈自由〉の概念はフランス革命の「自由、平等、友愛」のスローガンを端緒とする。啓蒙主義時代にJ・S・ミルやジョン・ ロックによって確立された自由主義は、今日では政治的・経済的に 完全な自由を標榜するリバタニアリズムにまで拡張されているが、 その定義や適用範囲については現在も議論が絶えない。
注14 〈人間〉はキリスト教世界においては長く「神の似姿」とされてきたが、17世紀以降、動物との対比から人間存在を科学的に定義す る動きが広まり、19世紀のダーウィニズムへとつながる。一方、 啓蒙主義時代には社会的人間は教育が生み出すという思想(ルソー 『エミール』など)が確立され、近代以降の人間観に強い影響を及 ぼしている。
注15 〈社会〉の成立条件は17世紀以降の近代思想の最も重要な思想的課題の一つであった。ロックやホッブズ、ルソーは文明以前の架空 の自然状態を想定し社会が誕生する必然を説いたが、その影響は( 例えば人権思想の根底に社会契約の概念があるように)今日の諸制 度および人間の定義に深い影響を及ぼしている。
注16 近代の〈幸福〉観の画期は、19世紀の功利主義者ジェレミ・ベンサムの「最大多数の最大幸福」だろう。社会全体の〈幸福〉を、 定量的に観測し増大させる思想は、その後、〈幸福〉の定義の困難 に突き当たり、ロールズの「無知のヴェール」的な、不幸を最小化 する社会思想へと転換し、近年でも議論が盛んに行われている。
注17 近代的な〈国家〉の起源は1648年のヴェストファーレン条約まで遡る。カトリックとプロテスタントの三十年戦争を調停したこの 条約は、ローマ教皇が司る宗教的支配の終焉を告げ、〈国家〉の枠 組みによる新たな国際秩序を西欧に成立させた。
注18 〈言語〉が人間と社会を根底で規定するという思想は、20世紀初頭にヴィトゲンシュタインによって見出され(「語りえぬものにつ いては、沈黙しなければならない」)、ハイデガーの「現存在」( 『存在と時間』)による二項対立の突破へとつながる。以降、〈 言語〉による認識論的な構造の読解とその境界を定義する試みは、 現在の言語哲学や分析哲学にまで受け継がれている。
注19 機械学習では、入力―処理―出力のプロセスにおいて中間の処理の過程がブラックボックス化するため、 人間が理解しうるのは入力と出力の両端のみとなる。この始端と末 端が中間領域を飛躍して接続される関係性を本書ではEnd to Endと呼ぶ。
注20 〈フレーム〉とは、母集団からデータを切り出す行為そのものを指す。例えば、風景の中から画像を取り出すことや、レンジファイン ダーカメラで写真を撮ること。
注21 従来のコンピュータあるいは人間が、言語や数字、記号を通した事象の抽象化を通じて処理を行うのに対し、人工ニューラルネットの 機械学習では、画像や音声といった、意味を持たない非言語的なイ ンプットから、再び音声や画像などへの直接的な変換を行うところ に大きな特徴がある。
注22 華厳経における世界認識の一つで悟りの境地。モノ同士が直接的な関係のもと自在に存在するあり方。ただし、ここに至るまでには、 「実体は存在せず一切は空である」という認識の段階を経るとされ 、般若心経の「色即是空」のさらに先にある認識論とも解釈できる 。
注23 シニフィアンは「意味するもの」、シニフィエは「意味されるもの」を指す。ソシュールは言語体系内部での両者の関係は恣意的であ り、ある語(シニフィエ)とその意味内容(シニフィアン)の結び つきに必然性はないとした。
注24 古代中国の春秋時代に活躍した諸子百家のひとりで、無為自然によって万物の根源である「道」へと至る形而上学的な思想を説いた。 その思想は後の道教や中国禅の成立に大きな影響を与えている。
注25 中国哲学の研究者・橋本敬司氏によると、道は「相対する存在物を必要とせずそれ自体で存在し全ての中心に位置する」とし、 物化は「生死といった物の形態的変化のことではなく、道がそれぞ れ物として現象化・顕在化すること」としている。道とは、 確率過程や神経系によって決定される汎化の過程、バーチャルとフ ィジカルが行き来する様を意味する。
注26 ガウス過程。連続時間の中で正規分布(ガウス分布)が生成される確率過程のこと。機械学習ではモデルの平均値関数と共分散関数を 元に、ガウス過程によって未知の観測値の予測を行うことができる 。
注27 動的な時間あるいは空間方向に関わるデータ列に関する演算方法のこと。
注28 言語のように次元を圧縮して、関係性をネットワーク化する変換プロセスという意味で本書では用いている。「現存在」( ハイデガー『存在と時間』)を定義せずとも、神経系を外在化する ことによって二項対立は突破できる。
注29 仏教用語で時間と空間を指し、部分に全体が含まれ、全体に部分が含まれること(西田幾多郎『絶対矛盾的自己同一』を参照)。 日本の伝統的な詩歌文学の無常観の根源には、ミクロの現象を注視 する個人的視座と、世界全体を認識する超越的視座が相転移する、 独特の認識形態がある。
注30 深層学習とも呼ばれる。多層のニューラルネットワークによる機械学習の手法で、画像や音声の特徴量をネットワークの加重で学習す ることによって、高精度な認識を可能にする。この技術のブレイク スルーにより2010年代に第三次AIブームが勃興した。
注31 統計的プロセスによって対象の問題を解く手法および、対象のデータの生成をする手法のこと。
注32 人間の眼球の水晶体は、厚みを変化させることで光を屈折させ網膜へと像を結像している。これはカメラレンズのアナログ的な光学処 理と全く同じだ。
注33 人間の網膜は、120万から150万個の視覚神経細胞によって、アナログの光学的な像を、オン/オフからなるデジタル的な情報に 変換(量子化)し、視神経に伝達している。
注34 時間軸上で一定の間隔に分散された値を持つ信号のこと。例えば、動画はフレームの離散化と空間の離散化が同時に行われている。ま た、音声などの連続時間信号を、標本化(サンプリング)によって 離散時間信号に置き換えることで、アナログからデジタルへの変換 処理は行われている。
注35 4Kディスプレイの解像度は800万画素、8Kディスプレイは3000万画素だが、これ以上の空間解像度を人間の網膜は知覚でき ない。また、神経系の演算機能は多層ニューラルネットワークによ って擬似的に再現されているが、大脳のような機能の完全な解明は 未だなされていない。
注36 生物の神経細胞は、シナプスで化学物質が伝達されることで機能するが、そこでのシナプスの反応はオン/オフの二択に収斂される。 これは0と1のデジタル化(量子化)によって論理機構を成立させ るコンピュータや人工ニューラルネットワークの信号伝達とも相似 の構造である。
注37 この文脈ではDNA修復系を指す。通常、誤り訂正機能は、TCP/IPなどのネットワーク通信で使われる言葉だが、生命の情報ス トレージであるDNAにおいても同様の処理が行われている。 DNAは複写ミスや紫外線などの外部要因により、1日1細胞あた り最大50万回程度の損傷が発生するが、DNA修復酵素などの働 きによって自動修復されている。これはネットワークにおける通信 エラー処理とよく似ている。
注38 ケイ素(シリコン)で構成されたコンピュータのこと。現在使われているコンピュータは、シリコンの半導体によって集積回路が作ら れていることから、このように呼ばれる。
注39 現時点で実現が見込まれている量子コンピュータの方式のうち、量子ゲート(量子回路)型とはアダマールゲート、回転ゲート、制御 NOTゲートなどを用いて汎用的な計算を行う旧来式のモデルを指 す。
注40 ソースコードを公開し、利用、改変、再配布を誰にでも自由に認めることでソフトウェアの発展を促す開発手法。 90年代後半のフリーソフトウェア運動を端緒とし、2000年代 以降はLinuxがサーバーOSとして成功。Firefox、 Chrome、Androidなどが普及し、Arduinoをは じめとするオープンソースハードウェアが登場するなど、インター ネット以降の開発パラダイムにおいて重要な意味を持つこととなっ た。
参考1 落合陽一『魔法の世紀』(PLANETS、2015年)
参考2 http://gutenberg.spiegel.de/buch/ueber-die-asthetische-erzie hung-des-menschen-in-einer- reihe-von-briefen-3355/5( 閲覧日2018年5月6日)
参考3 井筒俊彦『コスモスとアンチコスモス東洋哲学のために』(岩波書店、1989年)
参考4 橋本敬司「荘子の胡蝶の夢|物化の構造と意味|」(1991年)http://ir.lib.hiroshima-u.ac.j p/ja/00026814(閲覧日2018年5月25日)
参考5 進士五十八「日本庭園におけるAgingの美と意味について」(1984年)https://www.jstage.jst.g o.jp/article/jila1934/48/5/48_ 5_73/_pdf
▼プロフィール
落合陽一(おちあい・よういち)
photo by TAKAY
1987生。2015年東京大学学際情報学府博士課程修了(学際
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目次などの詳細や、全国の取扱書店さんリストはこちらから。
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