『ドラがたり――10年代ドラえもん論』(稲田豊史)第11回 土地とカネの物語【毎月第1水曜日配信】
本日は稲田豊史さんの連載『ドラがたり』をお届けします。『ドラえもん』の作中に頻繁に登場する「土地」や「カネ」を巡るエピソード。そこには、70年代日本の地価高騰・狂乱物価といった世相と、それに対する藤子・F・不二雄の容赦ない批評性が露わになっています。『ドラえもん』が向き合った時代性を「経済」という切り口から考えます。
▼執筆者プロフィール
稲田豊史(いなだ・とよし)
編集者/ライター。キネマ旬報社でDVD業界誌編集長、書籍編集者を経て2013年にフリーランス。『セーラームーン世代の社会論』(単著)、『ヤンキーマンガガイドブック』(企画・編集)、『パリピ経済 パーティーピープルが市場を動かす』(構成/原田曜平・著)、『ヤンキー経済 消費の主役・新保守層の正体』(構成/原田曜平・著)、評論誌『PLANETS』『あまちゃんメモリーズ』(共同編集)。その他の編集担当書籍は、『団地団~ベランダから見渡す映画論~』(大山顕、佐藤大、速水健朗・著)、『成熟という檻「魔法少女まどか☆マギカ」論』(山川賢一・著)、『全方位型お笑いマガジン「コメ旬」』など。「サイゾー」「アニメビジエンス」などで執筆中。
http://inadatoyoshi.com
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●日本列島改造論と「夢のマイホーム」
のび太は頻繁に、のび助(パパ)や玉子(ママ)が「大人の話」をしている場面に遭遇する。そのなかで最もポピュラーなのが「土地とカネの話」だ。
実は『ドラえもん』には、「道具によって土地不足を解消する話」と「お金を殖やそうとする話」が多い。これは『ドラえもん』の連載初期、1970年代における日本国内の経済状況とも大いに関係がある。
『ドラえもん』の連載開始から約2年半後の72年6月、自民党の田中角栄は政策綱領「日本列島改造論」を発表、同名書籍も刊行した。これは、地方の工業化を推し進め、日本全国を高速交通網で結ぶという、文字通り「日本列島を改造」する内容のものだった。
田中角栄『日本列島改造論』(日刊工業新聞社、1972年)(出典)
同年7月、総裁選に勝利した田中は首相に就任して内閣が発足。首相の私的諮問機関として日本列島改造問題懇談会を置き、それを契機に日本中で列島改造ブームが到来する。具体的には、法人による開発候補地の土地の買い占めが進行し、地価の急激な高騰が進んだ。土地や住宅といった不動産が「生活の基盤」というだけなく、「投資対象」としての色も濃くしていったのが70年代の日本である。
地価が高騰すれば、土地と建物で構成されるマイホーム(ここでは「庭付き一戸建ての購入物件」を指す)を所有するハードルも当然上がる。当時の大人たちが日常的に、半ば諦念、半ば羨望の心持ちでつぶやいた「夢のマイホーム」という言葉は、当然子供たちの耳にも入っていった。
藤子・F・不二雄が日常SFたる『ドラえもん』の作中に「土地」の話を多く採用したのは、子供たちの日常のなかにも、語彙としての「マイホーム」がごく自然に滑りこんでいたからだろう。
不動産価格が上がれば、それに連動して物価も上昇する。73年頃には物価高が社会問題化。同年に勃発した第四次中東戦争がオイルショック(原油価格の高騰)を引き起こし、追い打ちをかけるように物価上昇の歯止めが効かなくなっていった。
74年の消費者物価指数は、前年からなんと23%も上昇したという。「狂乱物価」という造語が生まれたのはこの頃だ。
物価の上昇は、庶民の家計に多大なる影響を及ぼした。各家庭の子供たちは、小遣いやおやつの緊縮、家族レジャーの減少、クーラーの使用制限などで、それを体感することになる。
主に70年代後半に描かれた『ドラえもん』の作中に、「おやつが貧弱」「両親が家計の窮乏について相談している」「のび太がママから省エネを強要される」といったシーンが散見されるのは、そういうわけだ。
●不動産所有は野比家の夢
野比一家は東京都練馬区にある二階建ての一軒家に住んでいるが、実は「借家」である。野比邸はローンを組んで購入したマイホームではない。野比家は大家(地主)に家賃(地代)を払って暮らしているのだ。
てんコミ9巻「無人島の作り方」(「小学四年生」75年8月号掲載)は、月の小遣いが減らされていることに気づいたのび太とドラえもんが、のび助と玉子の元へ抗議に行く場面からスタートする。しかし茶の間で話すのび助と玉子の表情は深刻だ。
のび助「え? たばこ代をへらせって?」
玉子「今月から家ちんが上がったのよ。どうしてもお金がたりないの」
それを受けて、ドラえもんとのび太はこんな会話を交わす。
ドラえもん「自分の家をたてりゃいいのに。家ちんなんてはらわなくてすむ」
のび太「かんたんにいうなよ。今の日本じゃ、まず土地を買うのがたいへんなんだ」
ドラえもん「高いんだってねえ。何百万何千万円するとか……」