宇野常寛責任編集 PLANETS 政治からサブカルチャーまで。未来へのブループリント

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  • 2021.03.04

「ファッション」から考える高校野球文化の現在|中野慧

本日お届けするのは、ライター・編集者の中野慧さんによる連載『文化系のための野球入門』の第5回です。前回に引き続き、「ファッション」の視点から高校野球を分析していきます。
校則では許可されていても坊主以外の髪型にできなかったり、ルール上認められていても試合中にサングラスをかけるのを憚ったり、さまざまな同調圧力が部員たちの「ファッション」を規定しているようです。
そのような「高校球児はかくあるべし」という思い込みと、高校野球の「鑑賞態度」とのかかわりについて、社会学の見地から分析します。

中野慧 文化系のための野球入門
第5回 「ファッション」から考える高校野球文化の現在
高校野球の厳しいファッション規制

高校野球のファッションにまつわる問題は、実はまだまだあります。たとえば高野連が高校球児の試合中の服装やユニフォームについて厳しく規制しているのを、読者のみなさんはご存知でしょうか?
たとえば、以下のような規定があります。(高野連の「高校野球用具の使用制限」を参照[1])

・グローブ・ミットのカラーはブラウン系、オレンジ系、ブラックのみ。
バッティンググローブは黒か白の一色のみ。二色使いや、黒白以外の色が入っていてはならない。
・スパイクは黒のみ(ただしスパイクの色に関しては2020年度から、猛暑対策として白一色も使用可能になった[2])
・ベルトは黒または紺のみ(つまり、たとえば赤を基調としたユニフォームであったとしてもベルトのみ黒か紺を使わなければいけない)
・アンダーソックスは白色のみとする。
・ユニフォームのデザインは、上と下の色が違うツートンカラーのデザインは採用できない。
・ユニフォームの下(ズボン部分)は、ストッキングを見せなければならない(つまりロングタイプやルーズタイプのユニフォームは認められていない)

ここで紹介したのはごく一部で、これ以外にも非常に細かな制限があります。基本的にこれらの規定は「高校生らしくない華美に流れること」「野球用具メーカーの宣伝に高校球児たちのプレーが利用されないこと」などを防止することを意図していると考えられます。

実はこういった用具規制には非常に問題があると私は考えています。これらの用具は、「高校野球用具」としてスポーツメーカーが専用のものを開発しているわけですが、他のカテゴリにはこのような規定がないため、たとえば中学生が高校に上がるとき、それまで使っていた用具が使えなくなるということが起こります。
また、もし高校野球を終えて別のカテゴリ(大学・社会人野球や草野球等)に移ろうというとき、多くの選手は、高校野球の厳しい規定を守らなくてもよくなったことで、よりファッション性の高いアイテムを買うようになります。実際に私は、高校野球時代に使っていた用具は現在まったく使っていません。
つまり、高校野球時代に購入する用具は、実質的に「高校野球のときにしか使わないもの」になってしまうのです。これは明らかに社会的資源の無駄遣いです。スポーツメーカーは「高校野球専用」に用具を開発し、高校球児はそれを買い求めるけれども高校時代にしか使わないのです。
高野連のルールは「華美に流れない」「商業主義の防止」を主眼としているはずですが、厳格にこういったルールを定めることによって、社会的資源を無駄に使っているということは、もっと指摘されるべきことではないかと考えています。

「高校球児のコスプレ」をすることで「安心」する心理

以前、本連載で、私が高校野球をやっていた00年代前半がターニングポイントだという話を書きましたが、実際の私はというと、高校一年生の頃はまだ短髪でした。しかし一つ上の先輩や同学年の仲間たちが徐々に坊主にしはじめ、最初は「別に強制されているわけではないし」と抵抗していたものの、冬ぐらいには丸刈りになっていました。そうすると、不思議なことに急速に安心するのです。「これでもう周りから何かを言われる心配はない」、と。
その後、恐るべきことに僕自身は、まだ坊主にしていない人々に「早く坊主にすれば?」とプレッシャーをかける側に回ってしまいました。同調圧力をかける側になってしまったのです。
批評家の宇野常寛氏が著書『遅いインターネット』(幻冬舎)のなかで言うように、「目立っている誰かに石を投げ、自分は多数派の側なのだと言って安心する」という、まさに今のSNSで問題になっているような人間になってしまったのです。
私は今でこそ「坊主廃止」などと言っていますが、自分が高校球児のときは、髪を伸ばしたりする勇気がなかったのです。
当時、週刊少年ジャンプで『ROOKIES』(1998~2003)という漫画が連載されていました。二子玉川学園、「ニコガク」といわれる高校に通う元ヤンキーたちが、とんでもなく「熱い」教師に感化され、野球を通して立ち直っていくというストーリーなのですが、ロン毛もいれば金髪やリーゼント、ドレッドヘアーの人物までいます。私は当時「こんな高校球児はいない! リアルじゃない!」など憤りながら読んでいました。
しかし、今ではその見方は間違っていたと感じます。
ここで、高校球児の髪型について、「坊主でなくても、校則を守って短髪であれば高校生らしくていいはずです」というような優等生的な論を展開することも可能です。でも、あえて言いたいのです。「ドレッドヘアーの高校球児がいてもいいではないか」と。いや、本当にそう思うのです。
『ROOKIES』がドラマ化されて以降、「元不良や野球を諦めた生徒たちをまとめあげて〜」という話が、高校野球の世界ではよく報道されるようになりました。報道には、「リアルROOKIESだ!」といった文言が踊るのですが、写真を見るたびに私はがっかりします。なぜなら、『ROOKIES』のように金髪やリーゼント、ドレッドヘアーの選手はそこにいないからです。
もちろん、校則で髪型が規制されている学校が多数派であるので、ドレッドヘアーの高校球児はなかなか出てきにくいでしょう。しかし、特に髪型に関する校則がないという学校も実は存在しています[3]。そういった学校のなかから、いつかドレッドヘアーの高校球児が出現しないか──。
ただ、注意しておきたいのが、仮にドレッドヘアーにしたとして、野球のプレーがサマになっていなかったら、観客や相手チームからも軽んじられ、ネットでも叩かれてしまうでしょうから、実際にはなかなか勇気が必要です(本当は野球のプレイがサマになっていなくてもドレッドヘアーにしていいと思うのですが、ネットやリアルで叩かれてしまうかと思うと胸が痛みます)。
そういったプレッシャーをはねのける、気骨あるドレッドヘアーの高校球児が現れることを──高校時代に自由な髪型にチャレンジすることができなかった意気地のない私は──陰ながら期待しています。そのときこそは「これはリアルROOKIESだ!」と、心からの喝采を送りたいと思います。

甲子園ではサングラスをしない横浜高校の選手たち

かなり変化球な書き方になってしまいましたのでいったん本筋に戻すため、ここで高校野球をめぐる現代のメディア状況を表す事例をひとつ紹介したいと思います。
「プレジデント・オンライン」にて、2017年8月に「”サングラス”を禁止する甲子園の時代錯誤」という記事が掲載されました[4]。
この記事は、タイトルに「”サングラス”を禁止する甲子園」とあり、その前時代性を批判するという内容になっています。もっとも、この記事はタイトルがミスリードになっており、そもそも高校野球においてサングラスは別に禁止されていません。前述の「高校野球用具の使用制限」でも、サングラス使用に関する注意事項の記載はありますが、「サングラスの使用を禁止する」といった規定はありません。
とはいえ、たしかにこの問題は真剣に考える価値があります。

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