宇野常寛責任編集 PLANETS 政治からサブカルチャーまで。未来へのブループリント

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  • 2016.11.11
  • この世界の片隅に,のん,片渕須直

【特別対談】片渕須直×のん(能年玲奈)『この世界の片隅に』をこの世界の隅々に!(前編)【無料配信】

今朝のメルマガでは、明日11月12日(土)から公開となる映画『この世界の片隅に』の監督・片渕須直さんと、声優として主人公すず役を演じるのんさんの対談の前編を無料で配信いたします。片渕監督がすず役としてのんさんに白羽の矢を立てた理由、初挑戦となる声優の役作りでのんさんが苦労した点など、『この世界の片隅に』の裏側のエピソードを語ってもらいました。
※本記事には作品内容のネタバレ情報が含まれています。映画を未見の方はご注意ください。


 
▼特別ビデオメッセージ
片淵監督とのんさんからビデオメッセージをいただきました!
 

 
▼プロフィール
片渕須直(かたぶち・すなお)
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アニメーション映画監督。1960年生まれ。日大芸術学部映画学科在学中に宮崎駿監督作品『名探偵ホームズ』に脚本・演出助手を担当。『魔女の宅急便』では演出補を務めた。監督作に『名犬ラッシー』、『アリーテ姫』、『ACECOMBAT 04』ムービーパート、『ブラック・ラグーン』『マイマイ新子と千年の魔法』、NHK復興支援ソング『花は咲く』短編アニメーションなど。
 
のん
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女優、創作あーちすと。1993年7月13日生まれ。趣味・特技、ギター、絵を描くこと、洋服作り。オフィシャルブログ
 
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©こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会
 
▼ストーリー
1994(昭和19)年2月。18歳のすずは、突然の縁談で軍港の街・呉へとお嫁に行くことになる。新しい家族には、夫・周作、そして周作の両親や義姉・径子、姪・晴美。配給物資がだんだん減っていく中でも、すずは工夫を凝らして食卓をにぎわせ、衣服を作り直し、時には好きな絵を描き、毎日のくらしを積み重ねていく。
1945(昭和20)年3月。呉は、空を埋め尽くすほどの艦載機による空襲にさらされ、すずが大切にしていたものが失われていく。それでも毎日は続く。
そして昭和20年の夏がやってくる―。
11月12日(土)八丁座、広島バルト11、T・ジョイ東広島、呉ポポロほか全国公開。
http://konosekai.jp/
◎取材・構成:中川大地
◎写真:金田一元
 
■「のん」起用の真相
 
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―――ついにPLANETSで、片渕監督とのんさんのタッグを取材させていただくことができました。実は片渕監督には、2013年に弊誌の特別号として刊行したムック『あまちゃんメモリーズ』にご寄稿いただいています。のんさんにも、正式なインタビューこそ実現できませんでしたが、岩手県久慈市の秋まつりに登場されていた時の写真をロケ地巡りのグラビア記事の中で掲載していたりしています。
 それから3年、お二人が様々な困難を乗り越えて『この世界の片隅に』に辿り着いていく過程を個人的に横目で見させていただいていたので、いよいよ本記事配信の翌日に全国ロードショーを迎えることが、本当に感慨深くてなりません……。まずは、おめでとうございます。
 
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▲『あまちゃんメモリーズ』
 
のん はい、ありがとうございます。
 
片渕 ずっと、ご覧になっていましたからね。
 
―――劇場パンフレットでも片渕監督と原作のこうの史代先生のインタビュー記事の構成を担当させていただいたので、主人公の北條すず役にのんさんを起用された作品的な意図などはそちらにまとめています。この映画を深く味わう上で、非常に価値の高い一冊になっていますので、興味を持たれた読者の方は、ぜひ劇場に足を運んでお買い求めください(笑)。
 ここではさらに遡って、片渕監督がのんさんを最初に知ったきっかけから、すずさん役に思い至ったまでの流れを、改めて振り返ってみていただけないでしょうか。
 
片渕 いつ知ったかの話をすると、2012年にやっていた民放の探偵ドラマで、弁護士事務所の秘書の役を演じていた時ですね。僕の前作『マイマイ新子と千年の魔法』に出てくれた福田麻由子ちゃんと森迫永依ちゃんが二人ともゲストで出てたりしたんで、けっこう観てたんですよ。
 
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▲『マイマイ新子と千年の魔法』
 
のん そうだったんですか……。自分ではもうガチガチで。セリフもあるかないかみたいな感じでしたし、メインキャストのすごい方々が出演されてたじゃないですか。その中にこう、忍び込むっていうか(照れ笑い)。あの時はすごい緊張していた記憶しかないです。
 
片渕 その時は名前もわからない女優さんだったんですが、ああいう殺人事件の起こるドラマなのに、この人がフレームの中にいることで、そこだけ平和で、画面がふくよかになっている気がして。それがすごく印象的だったんですよ。
 
のん へえ……(片渕監督をまじまじと見つめている)。
 
―――なるほど。それで『あまちゃん』が始まって、顔と名前が一致したと?
 
片渕 だけど、はじめは全然同一人物って気がつかなかった。かなり経ってから「あ、あの人だったのか」って。ヘアスタイルから何から役作りが全然違ってましたから。役どころも『あまちゃん』より年齢の高い役だったのに、『あまちゃん』はすごく若々しいというか、中学生みたいな感じがする高校生の役という印象で観始めてたので(笑)。
 
のん はい。
 
片渕 だからね、いつ頃からのんちゃんがすずさんにピッタリだと思ったかというのは、自分でもよくわからないんですよ。
 これこれこういう理由でのんちゃんを起用したんだと人に説明する場合は、例えば「のんちゃんだったら同年齢の女優さんに比べてずっと喜劇的なところに自分の方向性を持っていっていて、それがすずさんを演じるのにすごく大事な要素なんです」とか言うんですけど、何がきっかけでそう思うようになったのかは明確じゃないんです。
 僕がシナリオ書くときって、机に向かってセリフを書いているよりも、夜寝てる間に突然「あ、あのシーンってこういう風に言うんだ」というのが突然夢の中で出てくるみたいに、明け方ぐらいに半覚醒状態の朦朧としてる時に出てくることが多かったりするんですね。それと似てるのかな。いつの間にか自分の中で、すずさんの姿を思い浮かべた時に、のんちゃんの声でしゃべっていたような気がしたんです。で、それがいつからなのか全然思いだせない。
 
のん ……(思いを巡らせるような表情)。
 
■役者のアイデンディティと「役になる」ということ
 
片渕 それでね、のんちゃんの印象が作品によって全然違ってたことで、すごく不思議に思ったことがあって。僕は小さい頃から、自分が自分でなくなっちゃうのが怖い子供だったんですよ。僕はアイデンティティというか、自分自身が緩いような気がしていて、自分というものは何かのきっかけでフッと簡単に自分でなくなっちゃうものだという怖さを持ってたんです。
 そこからすると、同じ人なのに全然違う人になれる役者さんという人たちは、自分が自分でいることとのせめぎ合いを、どうやって処理しているんだろうって、子供の頃からテレビを観ながら疑問に思ってたんでよ。
 
のん そうですね。まずは役柄の人となりを、どう解釈をするのかっていうことを考えていきますね。それから、その解釈っていうのを、自分の魅力から派生したものとすりあわせる……というか。で、それと観る人が楽しむところの落としどころはどこかっていうのを、同時に考えながらやっていくんですが。あ、同時じゃないか。それは最終的に考えるのか。
 なんだろう……。だから、私がやっているのは、自分しかできないその人の解釈みたいな感じですね。じゃないと、自分にその役が来た意味がないという気がしちゃうので。でも、それは、現場で演じるという時は、一旦、手放してその人になりきるっていうことに打ち込むんですけれど。
 
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片渕 そこが僕には真似できないところなんだな。そうやって他者を受け入れて、いろんな役に化けるっていうのが、なんだろう。自分の子供時代の頃を振り返ってみると不思議で仕方がないだけじゃなくて、自分の存在そのものまでを脅かされるぐらいの怖さを感じていたんですよね。
 だからそういう、自分が自分でなくなってしまうことへの怖さが、『アリーテ姫』以来、自分で映画を作る時に実は骨格になってたりするんですよ。『この世界の片隅に』のすずさんだって、浦野すずだったのが北條すずにされちゃうとか。なんか名前変わっちゃって自分がどこに行ったのか探すみたいなところが、ちょっとあったりするでしょ。
 
のん 化けると言うより、私の場合の演技は、キャラクターを解釈することですよね。キャラクターはもう、台本の中にとか、映像とか、原作の中に描かれているものがあるじゃないですか。そこから、そのキャラクターをどう考えるかみたいな部分が、その役者さんによって違う面白いところなのかなって思いますね。この感情の流れを、どういう風に面白くするかみたいな……。言葉にするの、難しいなあ。
 
片渕 『あまちゃん』の天野アキちゃんって、トーストにアジの干物を乗っけて食べてるじゃん。あれについて、のんちゃんがどこかで「アキちゃんは変な子です」って言ってたのがすごい印象的で、その役との距離感がすごく面白かったんですよ。
 それまでは普通に「中の人物」として見てたんだけれど、そこで急に、演じている人の外側から見ている声みたいなのが聞こえてきたのが、ちょっと面白かったですね。それで、むしろ演じている人が面白いなって思ったりもちょっとしたんですよね。特に動きが面白い(笑)。
 
のん 動きですか。めちゃくちゃ嬉しいです!! その、役を自分の体を使ってどう作り上げるかみたいなことですよね。
 
片渕 いや、ふだんの素のときの動きが(笑)。
 
―――のんさんが重視されてるその解釈作業に対して、片渕監督みたいにものすごく密に相談に乗ってくれる方と、役者さんに丸投げというかガイドのない中で任される方と、演出家さんによっても色々スタイルがありますよね。そのあたりの得意不得意はいかがですか?
 
のん 難しいですね。片渕監督みたいにとことん付き合ってくださる方もすごく貴重なんです。
 私としては、監督の求めているものが理解できると、そこからどうアプローチするのかが考えやすいというか。でも、監督の腹の中にあるものに気付かせないようにそこに持っていこうとする、みたいなことをされるのが苦手です(笑)。ストレートにぶつけてくれる方が好きです。
 
片渕 そのへん、今回の『この世界』では、のんちゃん台本で書いてあるセリフと原作のセリフを全部チェックして、読み比べてきたんですよ。それで、違っているところは「なぜ変えたんですか?」って全部聴かれたよね。
 
のん でへ(笑)。
 
片渕 本当にこっちの意図とか、腹の中にあるのを全部聞き出そうとして、こっちを理解しようとしてるんだな、と。作品っていうだけじゃなくて、演出のあり方みたいなところも理解しようとしてくれているんだなというのがわかったから、それはちゃんと応えないといけないと思ったところですね。あそこではぐらかしたら関係が成り立たなくなるなって思った。
 
のん (笑)。ありがとうございます。
 
片渕 そもそもなぜすずさん役にのんちゃんがいいのかということを明確に言語化できないのと同じで、本質的には演出意図なども言語化できないエリアがあって、それが実はものを作るのに大事かなって思っているんですよね。ただ、それを言語化せずにずっと放ったからしているのもよくなくて。最終的にはこういう風であるって作品をまとめる時には、絶対に必要なプロセスなんですよ。
 僕は大学でも課題で作品作りの企画書の作り方とかを教えるんですが、まず一番上に「テーマを書け」って言うんですね。一番最初になんか書けるわけがないのを承知の上で。でも実際には、企画書のもっと下の方に書く作品の内容とか、どういう手法でやりたいのかという部分からまず考えたほうがいい、という。標題のすぐ下に来る「テーマ」なんて、そうやって自分が「やりたいこと」を並べて考えた末でないと、絶対に辿り着けない。
 結局、いろんなことをあがいた上で、最後の最後に自分がやりたいものが、どこかで突然こう言語になって出てくるみたいなところが、ものを作るっていう姿なんじゃないかなって。
 
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のん はい。
 
片渕 のんちゃんからアフレコで訊かれるようになるまでは、ずっと「すずさんってこういうものなんだけれど」という曖昧なイメージを共有しながら、絵を描く方のスタッフとの間では以心伝心でやってきた。もし違うものが上がってきたら「そうじゃない、こうだよ」とリテイクを出していくんだけど、あんまり根本的なところまで言わなくても、表層に現れる部分の指示でイメージに近づけることができた。
 けれどアフレコというのはアニメ制作の一番最後の段階に近いから、自分としては「この作品はこういうものなんだ」ということを明確な言葉にしていかないとそろそろいけなくなる段階で、役者さんから何かを問われて答えていく中で、そういう言葉を見いだしていく状態になっていましたね。
 特に僕の作ったものは、どれも言語化しにくいって言われるんですが、にもかかわらず自分にだけは言語化していかなきゃいけない立場なんだな、と。そういう課題に、のんちゃんとのアフレコ現場で直面されられました。
 
■アフレコ現場での試行錯誤
 
―――のんさんは別のインタビューで、アフレコの際に「原作のイメージですずさんはもっと繊細な人だと思ったけど、監督から『もっと元気に』と言われて役作りを修正した」と答えられていますよね。そのへんのことを、もうすこし詳しく教えていただけますか。
 
片渕 その伝わり方はちょっと正確ではないかもしれません。確かにすずさんは、へこたれない元気さがあってパワフルに色んなことをやるんだけど、ふだんの心の中の声みたいなのは、俯いて喋るくらいがちょうどいいって思ってたんですよ。だから雑草みたいな元気さを求めるのとともに、内向的な方向に振る指示も出していたと思います。
 ただ、どうしてもマイクが上から狙って声を録る構造なので、俯くとダメですよって後で音響の人に言われたりして。俯くと台本に反射した声がマイクに入っちゃうんだって。
 
のん へえー。
 
片渕 ダビングの時に聴き比べたんだけれど、上を向いた声と下を向いて喋った声が続けざまにあって確かに違っていて、イコライザかけて台本からの反射成分消す調整してくれたけれど、それぐらい微妙なセッティングなんですね。
 だから、装置的にはやっちゃいけないことだったんですが、普段のすずさんの表側はニコニコしてるところと独りで抱えてる部分と、ないまぜになったすずさん像みたいなのを出してもらえたりと思ってたんですよ。
 
のん そうだったんですか……。最初はもう監督が求めているものを何もわからない状態で行ったので、リハーサルの時とか、とにかく探っていくっていう感覚ですね。それを受けてどういう風に作っていくか。監督から受けたものを「じゃあこんな感じか? こんな感じか?」って考えをめぐらせたりして。で、現場で作られていくっていう試行錯誤するのが、楽しかったです。
 
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©こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会
 
―――演技のお仕事は久しぶりだったと思いますが、ブランクからの取り戻しという部分で苦労された点はありますか?
 
のん あっ、そうですね。お仕事してなかった間も鈍らないようにレッスンを積んだりとかしてたんですけれど、やはり声優というお仕事っていうのをちゃんと分かっていなかったので、その感覚をつかむのが一番難しかったです。
 以前にも、海外のアニメ映画の吹き替えのお仕事をしたことはあったんですが、すごくキャラが濃い役だったというか。記号がハッキリしている役だったような気がします。なので、なんかがむしゃらにやったという記憶しかないのですが、すずさんはすごく面白い方ですよね。アニメのキャラというよりも、観ている人が自分に重ね合わせて思い入れのできる役というか。そういう、記号的ではない人だったのが難しいですよね。
 とにかく今回やらせていただいて感じたのが、いつもは動いたり表情で表現していたことを、全部声に乗せないといけないんだということ。それを声だけで表現できないと成立しないんだっていうのをすごく感じました。その感覚をつかむのが難しかったです。
 
■「やりきれないすずさん」像を探して
 
―――アフレコ現場で最初のリハーサルが終わった後、監督とのんさんがスタジオでかなり話し込んでいたそうですね。その時、どんな話をしていたのかは覚えていらっしゃいますか?
 
のん 監督のすずさん像がどんな感じなんだろうって、ずっと訊きまくってました。最初に私がイメージして出したのよりも、声を低くするように言われて試行錯誤しながらやってましたけれど、そういう感覚をどういうところに落とし込めたらいいのかを探るために、ずっとお話を聞かせていただいていたんです。
 
片渕 最初のうちは、あまり高い声を出そうとしなくていいって、ずっと言っていましたっけね。まず日常的な雰囲気に落とし込みたかったというのがひとつと、すずさんは確かに子供っぽい面はあるんだけれど、だからと言ってそれが全開にならないところがいいかなっていうところですよね。
 で、もうひとつはすずさんは表面に見えている明るさだけではなくて、奥の方に何かあるはずなんだけれど、それをなにかの形でイメージさせたいということがありましたね。そもそも主題歌が「悲しくてやりきれない」って、普段のすずさんには全然似合わない曲がついてたりするじゃないですか。その、何がやりきれないのかっていうところですよね。やりきれないで抱えているんだけれど、本人はそのことすら自覚していないんじゃないか、と。最初に話をしたのは、多分そこだったと思います。
 
のん そうですね。最初のお話しの時はまだ、スタジオでの一つ一つの指示の意図が、まだわからなかった感覚でした。そこで、監督からすずさんは中に隠れている部分があると聞いて。で、それがどう表面に現れてくるのか、どう表現すればいいのかは、監督のお話の先にある部分だったので、本収録ではそれを探り探りやっていきました。なかなか手こずってしまいましたが。
 でも現場で、ああでもないこうでもないとやっているうちに、だんだんオッケーのカットをいただくようになって。それを映像にはめたものを休憩の時にちょこちょこ観返させていただくみたいな流れだったのですが、その時に、「ああ、あれはこういうことだったんだ」と考えを巡らせながら演っていたような気がします。
 
―――つまり、のんさんが最初に原作を読んだ時のイメージと、片渕監督のイメージが結構ちがっていたわけですね?
 
のん いや、片渕監督のイメージというよりも、映像の印象ですね。原作を読んだ時は、すずさんの晴美さんと張り合っちゃうみたいな面白い部分とかを強く感じてたんですけれど、映像を観たときに、すごく美しくって。映像の中のすずさんのセリフが入ってなくても、これで全部なんじゃないかって思ってしまって。その美しさが自分の中で大きくなっちゃって、それに合わせて美しい声を出さなきゃみたいな風になってたところはありましたね。
 で、監督とリハーサルさせていただいて、お話しさせていただいて、漫画をもう一度読み直したりして。そうやって手探りしていきました。
 
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©こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会
 
―――現場以外でも、自主トレみたいな感じで練習されていたんですよね。その時は、どういうトレーニングをされていたのでしょう?
 
のん そうですね、サン役の新谷真弓さんは広島の出身の方で、新谷さんが吹き込んだ方言CDをいただいたんです。それをガイドにしながら自分でも色々やって録音して、それを聞き返しながら練習していった感じですね。まず、すずさんの声を口の動きに合わせて映像にはめるっていう部分からもうつまづいていて難しかったので。
 まずはそこからやりながら、シーンごとに「こういうトーンなのか? こういう感情なのか? こういう雰囲気もあるんじゃないのか?」というのを、お家で考えながら自分の中で作っていって、いくつかパターンを持って行って、現場に臨んでたっていう感じですね。
 それを使うかどうかはわからないんですけれど、監督の演出に対してどうアプローチするのかということについて、いろんな表現が使えるなっていう感じで、だんだん視野を広げていく感じでした。
 
片渕 そう。収録が進むにつれて、どんどん引き出しが増えていったんですよね。収録は大人になってからすぐの、周作に嫁いでいく前後のすずさんから始めたんだけれど、後々になって考えてみると、あの時期のすずさんのシーンって、芝居的には相当難しいシーンだったんですよ。そこから入ってしまったので、こちらもなかなか「すずさん見えてこないな」と思ってたんだけれど、いつまでもあそこにこだわってたら見えてこなかったかもしれなくて。そこから先に進んでみると、急にすずさんがすずさんらしくなってきた感じがあったんです。
 で、そういう時期を通り過ぎて、大人の頃のやつを一通りやって、子供の頃のところに行ったらね、なんかいろんなパターンをすごい投げ込んできて、とても楽しそうだったんですよ。そこからすると、ああ、始めの方はやっぱりパターンを入れ込みようがないようなシーンばっかりだったんだな、と。子供の頃の方が、できる余地がいっぱいある場所だったんだなと思って。子供の頃の芝居を聞いて、なんかすごく自分もホッとしたみたいな感じがしましたね。なんか。
 
のん あ、そうでしたっけ! ごめんなさい。1回やってしまうと忘れちゃうっていう、私のダメダメなところがあって。今思い出します!
 えっとですね、そうですね。あ、もしかして! そう、最初のうちは緊張したら本当に喋れなくなるくらいだったんですけど、それが解放されてわーって子供になっちゃうみたいな、1か100かみたいな、キッパリっていうかパッカリっていうか、どっちかに振り切れていくみたいなところがあったかなって。
 最初のうちは、まったく知らない人のところへ嫁いでいくっていう時に、すごくこうやる気を出そうと踏ん張るというか。なんだろ。こう、猫を被るというか。猫被るじゃないですよね?
 
片渕 うん、猫被るでいいと思う。そうそうそう。
 
のん こう、「ふんっ!」て気合いを入れるみたいな感じの気持ちが複雑で、難しかったんですよね。
 
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©こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会
 
片渕 嫁に行った先のお父さんお母さんの前で、「ちゃんと大人になって挨拶しなさい」みたいに演出して、本心はそうなってないのに、ちゃんと表面上お行儀よくしているすずさんみたいなね。そこから結構、すずさんの二面性が出てるんですよ。
 
のん そうですよね。そういう部分で、みんな猫を被るっていうことは日常的にしなくちゃいけないことなんだけど……うーん、なんだろう。あっ、そうだ、わかった! えっと、嫁ぐっていうことの感覚が、私まったくわからなかったんです。
 
片渕 あー、はいはい。
 
のん 私は家族全員から「結婚できない」「一生独身」みたいな呪いの言葉を言われているんですけれど(笑)。なので、そこが一番大きいかもしれないです。結婚するということへの想像力が足りなかったのかもしれない。
 そこで、やっぱりその時はすずさんも嫁ぐっていうことは初めてだっていう時の戸惑いっていうのを、微妙に入れこませなくちゃいけないっていうのが難しくって。緊張しているんだけれど、嫌なわけではないっていうところが、なかなか腑に落ちなかったんですよね。
 私が納得したのは、口の中にキャラメルの味が広がったっていうナレーションっていうか、心の声が入ってくるところ。自分の記憶の中にはなくても、子供時代に周作さんがキャラメルを化け物にあげていたのが無意識に懐かしく感じられて、いきなり他人の家に嫁ぐことにびっくりしてたりのもあるけれど、心の底に嬉しいっていう感情があるのかな……っていう風に思いました。
 
(後編に続く)