戦後史としてのロボットアニメと〈移体性〉――フランス人オタクと日本アニメ熱狂の謎に迫る 『水曜日のアニメが待ち遠しい』著者 トリスタン・ブルネ インタビュー(前編) | PLANETS/第二次惑星開発委員会

宇野常寛責任編集 PLANETS 政治からサブカルチャーまで。未来へのブループリント

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  • 2015.12.04
  • トリスタン・ブルネ,宇野常寛

戦後史としてのロボットアニメと〈移体性〉――フランス人オタクと日本アニメ熱狂の謎に迫る 『水曜日のアニメが待ち遠しい』著者 トリスタン・ブルネ インタビュー(前編)

今朝のメルマガは、日本史の研究者であり翻訳家でもあるトリスタン・ブルネさんのインタビューの前編です。フランスにおける日本のサブカルチャー受容の過程をまとめた著書『水曜日のアニメが待ち遠しい』を下敷きに、オタク文化、特にロボットアニメのグローバルな視点から見た本質について語り合います。


 

▼プロフィール
トリスタン・ブルネ
1976年フランス生まれ。ジュネーヴ大学大学院博士後期課程在籍。日本史学研究。翻訳家。日本のアニメ、マンガなどに造詣が深く、フランス語版『北斗の拳』をはじめマンガの翻訳に携わる。2004年に初来日。以後、留学経験を経て、現在は、日本の大学や語学学校で、フランス語、フランス思想の講師もつとめている。

■ なぜ日本のアニメはフランスで受容されたのか

宇野:ブルネさんのご著書『水曜日のアニメが待ち遠しい:フランス人から見た日本サブカルチャーの魅力を解き明かす』を読ませていただきました。本当に素晴らしかったです。たいへん勉強になりました。

ブルネ:ありがとうございます。

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▲トリスタン・ブルネ『水曜日のアニメが待ち遠しい』誠文堂新光社

宇野:フランスで日本のアニメやマンガがポピュラリティーを得ているというのは、日本国内でも有名な話です。ただその紹介のされ方は、「フランス人にもわざわざ日本のアニメを追いかけている変わった人がいる」という文脈で、面白おかしくデフォルメされている場合がほとんどだった。また、これは僕自身が日頃から感じていることですが、日本のアニメが海外で支持されている、という話を過剰に解釈して安易なナショナリズムに結びつけてしまう日本人のファンも少なくありません。その中でこの本は、その受容の実態を、フランス人個人の経験とアカデミックな視点の両面からまとまって紹介した、初めての例だと思います。

ブルネ:まさにそれが、この本で目指したことです。僕自身はこれまで計6年ほど日本に住んでいますが、1976年に生まれてから20代半ばまでは、日本アニメを浴びるように見て育った一人のフランス人オタクでした。それが2004年の初来日の際、たまたま日本の踏切の音を聴いて、初めて触れたはずのその音にノスタルジーを感じたことから、自分の人格形成における日本アニメの大きさに気づき、この問題を歴史的に考え始めたんです。ただ状況はフランスでも同じで、日本のアニメやマンガを深刻なイシューとして語ろうとしても、「単なる社会現象だ」と済まされてきた。今回の本の出発点は、「僕たちが生きてきた時代は何だったのか?」ということを、アカデミックな観点を含めて、個人の経験からわかりやすく追おうとしたことにあったんです。

宇野:ご自身が強く惹かれてきた日本アニメの奇妙な魅力と、その結果生まれた、フランスでのポピュラリティーの謎を解き明かしたい、と?

ブルネ:そうですね。「解き明かしたい」と同時に、そもそもそこにある巨大な「謎」の存在を多くの人に知ってほしい、という気持ちでした。誰もが当然のように「日本のアニメはフランスで人気がある」と言いますが、それ自体がすでにおかしな話でしょう。日本とフランスは、社会も文化のあり方も、基本的にはまったく異なる国ですから。

宇野:この本の面白さの最大のポイントは戦後の日本のアニメが結果的にですが、戦後の西側諸国が広く共有していた中流家庭、アッパーミドルのライフスタイルや価値観を表現するものになっていて、それが世界的なポピュラリティーの源泉になった、ということを指摘しているところだと思います。日本アニメのポピュラリティーを語ろうとするとき、アニメが好きな人も嫌いな人も、むしろ逆に日本の独自性に結びつけて考えがちですよね。つまり、アニメ肯定派は、日本の伝統的な価値観が現代の映像文化に引き継がれて開花した、と主張する。一方の否定派は、それをオリエンタリズムと批判する。どちらもグローバルな評価の根拠に、一種の日本性を見ていることは変わりません。が、ブルネさんの本は逆です。むしろ、戦後の先進国に薄く広く共有されていた、アッパーミドルの価値観に注目をされている。

ブルネ:おっしゃったように、日本でもフランスでも、すべての先進国は、戦後の20世紀後半に、それまでの価値観が大きく変わる経験をしました。高度経済成長で物質的に豊かになっただけでなく、人々の人間関係や、日常生活のあり方が変わったわけです。たとえば僕は、パリ郊外の新興住宅地の生まれですが、この「郊外生まれ」という経験も、戦後の先進国ではありふれたものになっていきました。しかし問題は、こうして厚みを増した中間階層の存在を、歴史の上で位置付ける視点がない、ということです。

意外かもしれないんですが、フランスは国家の力が強い国で、いまもエリートを頂点にした階層的な価値観がある社会です。そして国の物語である歴史も、「エリートと民衆の対立」という構図で記述されてきました。ところがこの構図には、支配層であるエリートとも、従来の民衆とも違う、戦後に増えた中間階層の位置がない。歴史から自身の正当性を与えられないことは、不安です。僕は、日本アニメの人気の背景には、こうした中間階層の不安や不満を解消したという点があると思っているんです。

宇野:ただ、ここで素朴な疑問として浮かぶのは、それがなぜアメリカのホームドラマやハリウッド映画ではなかったのか、ということです。これについてはいかがですか?

ブルネ:西ヨーロッパとアメリカは、いつもセットで「西洋」と呼ばれますよね。しかし、ヨーロッパの社会の基本的なユニットは「村」ですが、新大陸であるアメリカにはそれがない。ただ、荒野が広がっているだけです。人の経験の出発点となるものが違うので、フランスからアメリカに行くと違和感があるんですね。一方、一見かけ離れた日本には、フランスと同じような村のユニットがある。その意味で、じつは日本の方が、空間のあり方や、そこでの人々の営みの形態が近いんじゃないでしょうか。

宇野:ユーラシアとアメリカでは、根本的に地理感覚や空間感覚が異なるせいで、ハリウッド映画やアメリカのテレビドラマは、フランスの中産階級のカルチャーを表現するツールになり得なかった、と。

ブルネ:フランスも日本も、郊外の広がりによって何かが失われるという経験をしています。でもアメリカの郊外は、いわばゼロから作られたものでしょう。

宇野:郊外化もモータリゼーションも、日本やヨーロッパにとっては、トラディショナルなものの喪失だったけれど、アメリカにはその喪失感がないということですね。中流化や郊外化を言い換えると、アメリカ的なライフスタイルの受容でもあったと思います。もっとはっきり言うと、ヨーロッパではマーシャル・プランによって、日本ではGHQの占領政策の中で、既存のスタイルを上書きしながら進行したものだった。

ブルネ:実際、日本アニメでは、その喪失感がよく主題になりますよね。たとえば『となりのトトロ』も『平成狸合戦ぽんぽこ』も、埼玉の郊外や多摩ニュータウンで失われたものをテーマに扱っている。しかし同じ経験をしたはずのフランスには、なぜかこの種の物語があまりないんです。フランス人が求めるものがそこにはあったんですね。

宇野:僕は本州で生まれたのですが、10代の頃何年か、北海道に住んでいたんです。今の話で言うと、北海道はアメリカですね。100年前から人が住んでいなかったところがほとんどなので、一見、本州と同じような郊外都市が広がっていも、今おっしゃったような喪失感はありません。しかし本州は違う。中流化を支えた郊外都市はクリーンで明るい一方でどこか物悲しい喪失感が漂っている。国外に住んだことはないですが、北海道と本州の両方を住んだ経験から、その違いは非常に共感できます。

■「偽の成熟」としての巨大ロボット

宇野:その一方で、アニメというのは風景を絵に置き換えるわけで、現実より一段、抽象性が高いですよね。そのことによっても、共感性は高まったと思うのですが?

ブルネ:抽象性も大事な要素ですよね。たとえば、フランスで初めて大人気になった日本アニメは、1978年に放送が開始された『UFOロボ グレンダイザー』でした。このグレンダイザーのような巨大ロボットも、抽象性の高いひとつのモチーフです。

宇野:そしてロボットは定義上、人工知能を持つもののはずですが、日本の巨大ロボットは、なぜか乗り物です。ここには直接何かにコミットするのではなく、間接的なコミットでありたい、という欲望があると思うんです。

ブルネ:そうですね。操縦者が必要です。

宇野:日本のロボットアニメはマーチャンダイジングと関係があって、小さい男の子の成長願望に訴えかける表現でした。非常に力強く、大きな身体への憧れでもあった。しかしその一方、どこかであれは偽物だ、という感覚があります。同様に、日本でもヨーロッパでも、アメリカのライフスタイルを取り入れて郊外に家を持ち、中流的な生活を築くことが憧れであると同時に、偽物でもあるという感覚があると思うんです。

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