京都精華大学〈サブカルチャー論〉講義録 第4回 〈ジャンプ〉の再生と少年マンガの終わり(毎週金曜配信「宇野常寛の対話と講義録」) | PLANETS/第二次惑星開発委員会

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  • 2016.07.01
  • 宇野常寛

京都精華大学〈サブカルチャー論〉講義録 第4回 〈ジャンプ〉の再生と少年マンガの終わり(毎週金曜配信「宇野常寛の対話と講義録」)

今朝は、「京都精華大学〈サブカルチャー〉論」をお送りします。今回は90年代の黄金期終焉以降、「週刊少年ジャンプ」が復活するまでの様々な試行錯誤を、『ONE PIECE』『HUNTER×HUNTER』『銀魂』『DEATH NOTE』などの作品を例に取りながら語ります(この原稿は、京都精華大学 ポピュラーカルチャー学部 2016年4月29日の講義を再構成したものです)。


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前回:京都精華大学〈サブカルチャー〉論 第3回〈週刊少年ジャンプ〉の終わりなき日常(毎週金曜配信「宇野常寛の対話と講義録」)
 
■樹林伸とマガジンの逆襲
 
 1995年から翌年の96年にかけて、週刊少年ジャンプの黄金期を支えた三大連載が終了し、その直後にライバルであった週刊少年マガジンの発行部数が――ほんの少しの間ですが――ジャンプを追い抜きます。
 この90年代半ばのマガジンの原動力になったのが『金田一少年の事件簿』で、この作品を立ち上げたのがカリスマ編集者として有名な樹林伸ですね。彼は講談社の編集者として、そして事実上の原作者として『金田一少年の事件簿』『シュート!』『GTO』など数々のヒット作を世に送り出しました。その後独立して、「天樹征丸」をはじめとして様々なペンネームでマンガ原作を手がけるようになっていきます。
 この樹林伸という編集者の手法は2つの点で革命的でした。ひとつは一本のマンガ作品をひとりの作家とその担当編集者のタッグで作っていくのではなく、原作者、シナリオライター、作画者といったチームによる制作手法を洗練させたことです。いま挙げた作品の中では『金田一少年の事件簿』がこの手法で制作されています。
 最近映画化もされた『バクマン。』で題材になっていますけれど、ジャンプ編集部はほとんどこういう作り方をしませんね、あくまで才能のありそうな若い作家を編集者が一対一で鍛え上げていくというやり方にこだわっています。ある種の作家主義的な信仰が強いのがその編集方針の特徴です。対してマガジンにはこうした信仰があまりない。『巨人の星』や『タイガーマスク』で60年代後半のマガジンを支えたのが梶原一騎という原作者だったことが象徴的ですが、マガジンには原作者を別に立てたマンガが相対的に多かったし、何より編集者が事実上の原作者として機能するケースが以前から多かったようです。そして樹林伸はこうしたマガジンの編集文化を発展させて、企画のできる編集者、しっかりしたシナリオが書けるライター、絵の上手いマンガ家のチームというスタッフワークで作品を生むシステムを組み上げた。
 たとえば当時、島田荘司を代表格とする「新本格」といわれるミステリ小説の潮流があったのですが、そのノウハウを上手く少年マンガに落とし込んで成功させたのが『金田一少年の事件簿』だった。要するに、隣接ジャンルの流行りものを、ブレーンをつけて調べさせてそれを少年マンガのフォーマットに落とし込めるようにしていったんですね。
 たまたまですが、僕の友人には講談社のマンガ編集者が何人かいて、この樹林伸の弟子筋にあたる人を2、3人知っています。彼らはやっぱり憧れがあるんでしょうね。アイドルだったりゲームだったり、他のジャンルの流行を意識した企画色の強い編集主導の作品を作りたがる傾向があります(笑)。
 そしてこれは彼らから聞いた話ですが、樹林伸が確立したもうひとつの手法が、マンガのコマ割りに関するものだそうです。彼は、独自にコマ割りの演出方法を分析して、その理論を理解すれば経験不足の若手編集者でもマンガ家のコマ割りを必要があればある程度直せる理論を開発した、と言われています。要するに樹林伸という人はマンガに対して、物語やコマというものに対してとても工学的な発想を持っている人なのだと思います。もっと言ってしまえば、究極的には特定の作家の才能に頼らなくても質の高いマンガを作ることができる、と考えているという確信が彼の思想を支えている。もちろん、その思想はまだ完全に実現されたとは言えません。少なくともマンガの世界では、まだまだジャンプが代表する作家主義のほうが主流です。しかし樹林伸のような集団的なクリエイティビティの優位を主張している人たちの存在感は、この頃よりもずっと大きくなっているのは間違いないですね。たとえば、ちょうどマガジンがジャンプに追いつこうとしていた時期に、『トイ・ストーリー』を引っさげて世界をあっと言わせたアメリカのピクサー・アニメーション・スタジオがそれです。ピクサーはいま、事実上の経営統合によって仮想敵だったディズニーを乗っ取り、世界のアニメーションの頂点に君臨しています。あるいは、国内で言えばこの数年、ニコニコ動画やピクシブなどの創作系SNSを舞台にしたボーカロイドなどの二次創作が一大市場を形成するようになっています。こちらは、ピクサーのようなプロフェッショナルによる集団創作というよりは、ソーシャルメディアの特性を活かしたボトムアップの集合知的な創作ですが、どちらにせよ、僕たちが未だに強固に抱いている作家性の神話、とくに個人の天才だけが創作に寄与して集団的な思考はそれを阻害する、という物語はこの時期から内外で大きく相対化されはじめたと言えます。そしてこの時期のジャンプ対マガジンの戦いは、実はその一局面でもあるわけです。

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