橘宏樹『現役官僚の滞英日記』最終回「イギリスから何を学ぶか」【毎月第2水曜配信】 | PLANETS/第二次惑星開発委員会

宇野常寛責任編集 PLANETS 政治からサブカルチャーまで。未来へのブループリント

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  • 2016.09.14
  • 橘宏樹

橘宏樹『現役官僚の滞英日記』最終回「イギリスから何を学ぶか」【毎月第2水曜配信】

今朝のメルマガは橘宏樹さんの『現役官僚の滞英日記』最終回をお届けします。今回は、約2年にわたった連載の総まとめとして、マネジメント手法、外交戦略、コミュニケーションにおける日英の違いから何を学ぶべきかについて論じます。


 
▼プロフィール
橘宏樹(たちばな・ひろき)
官庁勤務。2014年夏より2年間、政府派遣により英国留学中。官庁勤務のかたわら、NPO法人ZESDA(http://zesda.jp/)等の活動にも参加。趣味はアニメ鑑賞、ピアノ、サッカー等。
 
本メルマガで連載中の橘宏樹『現役官僚の滞英日記』これまでの配信記事一覧はこちらのリンクから。
 
※本稿の内容(過去記事も含む)に関して、皆様からのご質問や、今後取材して欲しいことを受け付けたいと思います。こちらのフォームまたはTwitter(@ZESDA_NPO)にお寄せいただければ、できるかぎりお応えしたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。
 
前回:ブリティッシュ・ドリームの叶え方――英国版「わらしべ長者」と3つのキャピタリズム(橘宏樹『現役官僚の滞英日記 オクスフォード編』第10回)
 
おはようございます。橘です。早いもので今号が本連載の最終回となります。帰国して1か月が経ち、僕は官庁の通常業務に復帰しております。2年前と同じ建物のなかで同僚との日々を再開しておりますと、離任する前と時間が急に接続するようで、あれれ、僕はずっとここに座っていたのではないか、という思いが一瞬去来することがあります。
しかし、ロンドンやオクスフォードで出来た友人たちとは、それぞれ母国に帰ってもちょこちょことしたやり取りが続いています。SNSでは世界中の友達の近況がわかるのは素晴らしいですね。オリンピックのときはLSEでのブラジル人クラスメイトと長いことチャットをしました。また、最近は、オクスフォードのクラスメイト(アメリカ人)が日本に遊びにきて、拙宅に1週間泊まっていきました。一緒に『ガンダムUC』を毎晩一話ずつ観たり、『シン・ゴジラ』を観に行ったりしました。ほかにも日本で職を得ようと長期滞在している友人もいて、ちょくちょく遊んでいます。やはり夢ではなかったわけです。背景画像がオクスフォードから東京に差し替わっている違和感を楽しんでいます。
 
さて、今回は、2年間の留学の総括として、イギリスから日本が学べることをまとめてみたいと思います。
まず、昨今日本への導入が進んでいる「コーポレート・ガバナンス」というアングロ・サクソン的経営手法のルーツや必然性をイギリスで目の当たりにする中で、善し悪しについて思うところがあったので、それについて書きます。それから、個人的に日本がイギリスから学ぶべきだと思う点について、やや具体的な提案も含めて述べてみたいと思います。
 
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▲国会議事堂と皇居。戦場に戻ってきました。
 
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▲戻ってきました霞が関の官庁街。みんな遅くまで働いています。
 
■コーポレート・ガバナンスと貴族支配
 
まず、いわゆる「コーポレート・ガバナンス」と呼ばれるアングロ・サクソン流意思決定・経営手法の根本的な特徴は、ざっくり言ってしまうと「経営と執行の完全な分離」、そしてそれを前提にした「トップ・ダウン形式」だと思います。方向性や戦略など組織の意思決定を行い、執行過程を管理するのが「経営」、決定内容通りに実行するのが「執行」です。コーポレート・ガバナンスではこの二つをしっかり切り離すことが要諦とされています。経営者は、執行過程をしっかりウォッチして、評価したり次の行動を思案したりします。ですから、適切な経営判断を支える情報を確保するために、売上やコストなどのあらゆるデータ、各種判断や実行の根拠などを、執行者に明らかにさせます(透明性・説明責任)。説明要求と経営指示を繰り返すことによって「PDCAサイクル」を徹底的に回すわけです。株主や投資家は取締役会に対して、取締役会は執行役員以下の高級労働者に対して、ホワイトカラーはブルーカラーに対して、このような管理を行う階層構造があります。
ポイントは、経営者と執行者(労働者)では、持っているスキルも生き様もまったく違うということにあります。
 
経営者は、利潤追求が至上命題です。上から俯瞰し要所を突いて指示を与えます。情報収集、分析、計画立案能力が重要です。どういう数値を提出させればよいか。それらをどう読み解くか。数値の精度をどのように担保するか、アメとムチをどう設計するか、などが問われます。他方で、極端に言うと、素晴らしい何かを自分の手で創り出す実力、従業員を鼓舞したり共に汗して先導したりするリーダーシップ、職場のコミュニティの中で信頼される人間力などは要らないのです。要するに「上から目線で」「情報を見ているだけ」だけれども、「正鵠を得て」、「他人に」目的を達成「させる」能力が問われるのです。そのために、競馬場や晩餐会の機会に、閉じられたコミュニティの中で決定的な情報交換をして、前号で描写したように、「コネ」と「チエ」を「カネ」に変える算段をするところで、勝負をしています。
 
ブリティッシュ・ドリームの叶え方――英国版「わらしべ長者」と3つのキャピタリズム(橘宏樹『現役官僚の滞英日記 オクスフォード編』第10回)
 
そしてそれは、出自や学歴を大きく共有するなど、高い同質性を前提にした、お互いの知性やコネクションの広さ、秘密に対するモラルを信頼しあえる関係があるから成り立つのです。さらに言うと、たとえば英国議会ではオープンな空間で、大人数が同時に参加し、徹底した高度な議論が闘われており、熟議型議会政治の最高峰として世界中の羨望を集めていますが、あの場のディベートの成員もみなオックス・ブリッジ出身で、批判能力・議論能力を徹底的に鍛え上げられた高い同質性を有した者同士だからこそ可能なのです。
 
僕の目には、むしろ日本の国会議員の方が出自に多様性があり、英国議会に比して国民全体を箱庭的に代表しているように思います。だからこそ、持てる能力や性質が千差万別となります。そうした人々の集団内で合意形成を図るためには、密室で少人数が集まり、相手によって説明方法や言葉すら変えながら、皆に信頼される「調整役」が汗をかいて、一貫性を保つというごまかすようなスキルを駆使する「根回し」を展開することで、コミュニケーション・コストを贖(あがな)う必要がどうしても大きくなってきてしまいます。
これを「不透明だ」と(特に、根回ししてもらえなかった人々が)非難することにも理はあると思いますから、なかなか難しいところです。もちろん、こうした「根回し」は英国でも行われている思いますが、なるべくオープンな議論の場を使うことで、コミュニケーション・コストを抑えていると思います。
 
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▲オクスフォード街中のバー。屋上テラスで夜更けまで楽しめました。
 
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▲聖メアリー教会とラドクリフ・カメラ。オクスフォード大学を象徴する2トップです。
 

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