クルマがファッションを纏うとき――「Be-1」「パオ」「フィガロ」日産パイクカーシリーズ(根津孝太『カーデザインの20世紀』第7回) | PLANETS/第二次惑星開発委員会

宇野常寛責任編集 PLANETS 政治からサブカルチャーまで。未来へのブループリント

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  • 2016.02.11
  • 根津孝太

クルマがファッションを纏うとき――「Be-1」「パオ」「フィガロ」日産パイクカーシリーズ(根津孝太『カーデザインの20世紀』第7回)

この連載は『カーデザインは未来を描く』として書籍化されています!

今朝のメルマガではデザイナー・根津孝太さんの連載『カーデザインの20世紀』をお届けします。今回のテーマは80年代〜90年代前半にかけて一世を風靡した「日産パイクカーシリーズ」。バブルの自由な空気の後押しを受けて生まれたこのシリーズから、「ファッション・オリエンテッド」なカーデザインの可能性を再考します。


 

今回は「パイクカー」を取り上げたいと思います。パイクカーという言葉は指し示す範囲が広く「デザインに主な価値を置いた車」といった意味で使われることが多いのですが、中でも日産から80年代〜90年代前半にかけて発売された「Be-1」「パオ」「フィガロ」と3車種続いたシリーズが代表格です。今回はこの「日産パイクカーシリーズ」について語ってみたいと思います。

敢えてちょっと意地悪な言い方をすると、パイクカーは「デザインだけで売ろうとした車」とも言えます。「Be-1」「パオ」「フィガロ」の3車種は、発売されるやいなや、大人気になりました。全て数の限られた限定生産だったのですが、中でもBe-1は10,000台の予約がたった2ヶ月で完了、あまりの人気に中古市場は高騰し「買った値段の倍で売れる」とさえ言われていました。

この3台は外見こそ全く異なっていますが、実は中身は全て傑作コンパクトカーである日産の初代「マーチ」をベースにしています。そこにちょっといいデザインのボディを乗せたところ、マーチより価格が上がっているにもかかわらず、あっという間に完売してしまうような、とんでもなく価値の高い車として迎え入れられたのです。

これはとても革新的な考え方でした。基本的に車の価値は、エンジニアリングが基本だと考えられていました(これは今でも大部分がそうです)。燃費や加速性能、安全性など、車の性能を決めるのは全てエンジニアリングの部分です。車メーカーは、こうした性能を向上させるために、新たにエンジンを開発したり、トランスミッションやサスペンションを工夫したりしています。でもパイクカーは全て中身は「マーチ」を使っているわけですから、エンジニアリングの部分で新しいことは一切していません。デザインを成り立たせるための調整こそ行われていますが、エンジニアリングには価値を置いていない、とも言えるんですね。

ですから、このシリーズを世に出すまでは「新しい技術もないのにデザインだけ変えたようなものを売り出すとはけしからん、そんなものはクルマのデザインではない」という声もあったようです。車のデザインが持つ雰囲気や気分のようなふわっとしたものに価値を置いていることは、それほどまでに新しい考え方だったのです。

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▲日産「マーチ」(初代)。直線的なデザインは、ジョルジェット・ジウジアーロによるもの。(出典)

■ 何かに似ているようで何にも似ていない「Be-1」

パイクカーの中で、最初に発売されたのがこのBe-1です。発表されたときの衝撃は今でも覚えています。当時デザインを志そうとしていた学生だった僕は「コレ欲しい!」「工業デザインでこんなこともできるんだ!」と思いました。

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▲日産「Be-1」。直線的なデザインが主流だった80年代に、どこかレトロな雰囲気も感じさせる曲線主体の外観は革命的だった。ロゴもキュート。(出典)

「Be-1」はデザインとしても、とても面白い試みがなされています。いい車のいい雰囲気だけを持ってくるために、何かに似ているようでいて何にも似ていないオリジナルのデザインが巧妙に組み立てられています。一見イギリスのミニ・クーパーに印象が似ていますが、それは印象だけで、実際には全くの別物になっています。これはとても高度なテクニックですね。

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▲モチーフのひとつと思われる「ミニ」。一見似た印象にも思えるが、比較すると驚くほど似ていない。(出典)

もう一つ僕が学んだのは、車の表情の作り方です。車のライトって、目に見えますよね。グリルは口に見えるかもしれませんし、ひょっとしたらナンバープレートは歯に見えるかもしれません。人は実際に車のフロントを「顔」として認識して、そこに表情を読み込んでいるというウィーン大学の研究(http://www.afpbb.com/articles/-/2520582)もあります。Be-1は車のフロントを顔として捉えて、キャラクターをデザインするように作られているのです。実際、デザインするときには「目」となるヘッドライトの大きさや形状にとても気を遣ったそうです。目は口ほどに物を言う、ともいいますが、人間は目に非常に敏感に反応するということでしょう。

最初から雰囲気作りだけを目的として、いい雰囲気だけ持ってくることを確信犯的にやっている――中身はマーチでも、雰囲気を作ることについては徹底的に突き詰められてデザインされているのです。

■ 冒険よりも冒険「気分」――「パオ」

Be-1の大成功を受けて、次に送り出されたのがこの「パオ」です。パイクカーの中でも最も成功した一台で、50,000台以上を売り上げました。

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▲日産「パオ」。ドアやトランクのヒンジ、ボンネットやサイドの強度確保のためのライン、曲げたパイプに取り付けられたサイドミラーなど、タフなイメージの記号が散りばめられていながらも全体としては丸くて可愛らしい。(出典)

このパオは当時の「バナナ・リパブリック」というファッションブランドをイメージソースとしています。カリフォルニア発のこのブランドが掲げていたのは「冒険」というテーマでした。「サファリテイストを取り入れた服を身にまとうことで、冒険気分を味わおう」という遊び心あるコンセプトが、バブルに沸く日本で人気を集めていました。実際に冒険に行くのではなく、今いる場所に冒険の気分を持ち込む。「パオに乗っていると、電柱がヤシの木に見えるんだ」という話を聞いたことを覚えています。

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▲バナナ・リパブリックのカタログ。オニオオハシやシマウマなど、濃厚なサファリ感。(出典)

パオのデザインも、軍用車のようなタフな車をイメージさせる記号がたくさん散りばめられています。例えばドアのヒンジがそうです。今の車はヒンジがボディに内蔵されて外から見えないようになっていますが、昔の車や軍用車はパオのように外側にヒンジがついていました。

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▲モデルのひとつと思われる、第二次世界大戦で活躍したドイツの軍用車「キューベルワーゲン」。ドアはもちろん外ヒンジ。プレス加工のビードをあしらったサイドの雰囲気もよく似ている。このビードには本来、薄い板厚で剛性を確保するという意味があるが、パオではそれをファッションとして取り入れている。(出典)

これを見たトヨタ時代の上司が「なんで外ヒンジなのに、マーチより高いんだ」と苦笑していました。自動車の文化史的に言えば、外ヒンジはシンプルな構造による生産性と低コストのために止むなく採用するものであって、内ヒンジの方が外観も滑らかで、錆びることも少なくていい、というのが常識です。
でもパオは「冒険の気分のためには、外ヒンジの方が『らしい』よね」、という発想で作られていて、しかもそのことに価値を感じて、みんながお金が払ったんです。
ちなみに、このパオは特に女性から人気がありました。女性は男性に比べて「ここが気に入ったから買います!」というように、車のディティールを大切に考えて購入を決める印象があります。パオにはこの外ヒンジのような「ここが可愛い」というポイントが幾つもたくさん散りばめられていたことが、成功の秘密になっていることは間違いないでしょう。

実際にパオが冒険に適した車かといえば、そうではありません。繰り返しますが、中身はあくまでマーチなのですから。機能ではなく、雰囲気こそを大切にするというファッションの感覚が、きちんとコンセプトと繋がったデザインになっているのです。

■ クラシックの雰囲気とモダンの性能――「フィガロ」

パイクカーシリーズ最後の一台がこのフィガロです。フィガロは限定20,000台を応募者に抽選で販売しました。車を販売するのに抽選なんてなかなかありません。それくらいパイクカーシリーズの人気は盛り上がっていたということです。

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▲日産「フィガロ」。レトロなスポーツカー風の外観。トップは手動で開閉するオープンカー。(出典)

この車に乗ったことのある人は、冗談めかして「フィガロはハンドルの切れも良くないし、後ろのトランクも開けにくいし、ツードアなので後部座席へのアクセスも不便」ということを語ったりします。
もし仮にそういったことを本当に不便に感じるようでしたら、「あちらにマーチという素晴らしい車がありますよ」ということになります。「フィガロの不便だった部分が、マーチでは全部直ってる!」いやいや、マーチが元なんですけどね(笑)。

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