『ドラがたり――10年代ドラえもん論』(稲田豊史)第13回『ドラえもん』のルーツ/偉大なる縮小再生産 | PLANETS/第二次惑星開発委員会

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  • 2016.08.02

『ドラがたり――10年代ドラえもん論』(稲田豊史)第13回『ドラえもん』のルーツ/偉大なる縮小再生産

今朝は稲田豊史さんの連載『ドラがたり――10年代ドラえもん論』をお届けします。今でこそ、健全な子供向け作品の大家として知られている藤子・F・不二雄ですが、その裏には、ブラックな作風と強烈な文明批評を得意とするSF作家としての顔も持ちあわせています。『ウメ星デンカ』から『モジャ公』『ミノタウロスの皿』まで、60年代末に描かれたカルト的な魅力を持つ作品群が、後の『ドラえもん』に与えた影響について論じます。


▼執筆者プロフィール
稲田豊史(いなだ・とよし)
編集者/ライター。キネマ旬報社でDVD業界誌編集長、書籍編集者を経て2013年にフリーランス。『セーラームーン世代の社会論』(単著)、『ヤンキーマンガガイドブック』(企画・編集)、『パリピ経済 パーティーピープルが市場を動かす』(構成/原田曜平・著)、『ヤンキー経済 消費の主役・新保守層の正体』(構成/原田曜平・著)、評論誌『PLANETS』『あまちゃんメモリーズ』(共同編集)。その他の編集担当書籍は、『団地団~ベランダから見渡す映画論~』(大山顕、佐藤大、速水健朗・著)、『成熟という檻「魔法少女まどか☆マギカ」論』(山川賢一・著)、『全方位型お笑いマガジン「コメ旬」』など。「サイゾー」「アニメビジエンス」などで執筆中。
http://inadatoyoshi.com

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前回:『ドラがたり――10年代ドラえもん論』(稲田豊史)第12回 反戦・冷戦・核・原発
●「不思議な道具」を生みだす手ぶくろ

藤子・F・不二雄が作家活動を開始したのは1951年。その18年後、69年に『ドラえもん』が誕生するまでの間には、『ドラえもん』の前身、もしくはプロトタイプ(原型)と呼ぶべきルーツ作品が、何本か描かれている。
それらは、のちに『ドラえもん』に結実するエッセンスを多分に含んでいたばかりか、むしろ『ドラえもん』よりも先鋭的・実験的な面白さに満ちていた。
すなわち、『ドラえもん』は決して突然変異的に生みだされた斬新作ではなく、それまでのF作品のパーツをかき集め、いいとこ取りした集大成であった。意地悪く言うならば、パーツ流用による「縮小再生産」の産物とも言えよう。今回は主なルーツ作品を追いながら、それを検証したい。

60年、Fは「たのしい一年生」(講談社)誌上で『てぶくろてっちゃん』の連載をスタートする。多くのFファンの間で『ドラえもん』のプロトタイプとの呼び声が高い、1話完結モノだ。

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『てぶくろてっちゃん』(1960〜63年連載)(出典

主人公てっちゃんは万能の手袋を持っている。この手袋を使えば、折り紙などの無生物が動き出したり、科学を超越した道具を作り出したりできるのだ。「不思議な道具」「児童向け」「日常生活に入り込んだSF(すこし・ふしぎ)」――たしかに、『ドラえもん』的な要素が満載だ。
かつて『パーマン』の担当だった元小学館編集者の野上暁は、藤子・F・不二雄大全集『てぶくろてっちゃん』第2巻の巻末解説に、本作が『ドラえもん』の原点的作品であるという主旨の文章を寄せている。ストーリー展開や登場する道具の機能面で、『てぶくろてっちゃん』と『ドラえもん』には共通点があるというのだ。

『てぶくろてっちゃん』連載開始当初、Fは既に人気作家だった。前年の59年から、初の週刊漫画誌連載として描き始めていた『海の王子』(「週刊少年サンデー」連載、原作:高垣葵)が人気を博していたのだ。なお、『海の王子』はFの単独作ではなく、藤子不二雄Aとの合作である。
『海の王子』はギャグ要素のないSF冒険活劇だったため、Fはこのまま少年向けSF(サイエンス・フィクション)作家としてキャリアを重ねていく可能性もあった。しかし、日常生活に入り込んだSF(すこし・ふしぎ)作品である『てぶくろてっちゃん』が好評を得たことで、Fは児童・幼年向けの「生活SF作家」に、舵を切ることになるのだ。

●相棒としての擬人化ロボット

『てぶくろてっちゃん』連載中の62年、Fは小学館の学習雑誌(『幼稚園』『小学一年生』と『小学二年生』『小学三年生』)において、『すすめロボケット』の連載を立ち上げる。

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『すすめロボケット』(1962〜65年連載)(出典

本作は主人公のすすむとロボケットのコンビが事件を解決する、コメディタッチのSF作品だ。「ロボケット」とは、「ロケット」と「ロボット」が一体化した、擬人度の高いキャラクターで、すすむが乗り込んで移動することもできる。
ロボケットは頑丈なボディと怪力によって敵との直接格闘が可能だが、背丈は人間に近く、まったく兵器然していない。つとめてマンガチックであり、人格もあれば茶目っ気もある。
ロボケットの「擬人化された、主人公の相棒としてのロボット」の部分は、22世紀から来たネコ型ロボット・ドラえもんとも重なる。

Fは『すすめロボケット』を、「『海の王子』の幼児版を描いてほしい」という編集者のオーダーにしたがって創作した(「季刊UTOPIA 6号」ユートピア・刊/81年)。たしかにSFアクション要素は『海の王子』ライクではある。ただ、ときおり織り込まれる生活感のあるギャグ要素は、『海の王子』にはないテイストだ。
こうしてFは、「生真面目なSF冒険モノではなく、日常生活を背景にしたSFコメディ」の手応えを、『すすめロボケット』に見出した。『ドラえもん』誕生の土壌は着々と整えられてゆく。

●バディ居候モノの原型『オバケのQ太郎』

藤子不二雄名義、もしくは88年のコンビ解消後の藤子・F不二雄名義の作品のなかで、『ドラえもん』に次いで知名度が高い「藤子マンガ」は『オバケのQ太郎』ではないだろうか。
藤子不二雄Aとの事実上最後の合作である通称『オバQ』は、『ドラえもん』連載開始の5年前、64年に「週刊少年サンデー」ほかでスタートした。日本児童マンガ史に残る、生活ギャグマンガの金字塔的作品だ。

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『オバケのQ太郎』(1964〜66年連載)

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