『ドラがたり――10年代ドラえもん論』(稲田豊史)第10回 鋭い社会批評、説教臭いエコロジー【毎月第1水曜日配信】 | PLANETS/第二次惑星開発委員会

宇野常寛責任編集 PLANETS 政治からサブカルチャーまで。未来へのブループリント

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  • 2016.05.04
  • ドラえもん,稲田豊史

『ドラがたり――10年代ドラえもん論』(稲田豊史)第10回 鋭い社会批評、説教臭いエコロジー【毎月第1水曜日配信】

本日は稲田豊史さんの連載『ドラがたり』をお届けします。初期の『ドラえもん』で既存の価値観へ疑問を投げかけるSFセンスを発揮していた藤子・F・不二雄ですが、80年代に入ると、当時流行のエコロジー思想へと急接近していきました。『ドラえもん』はいかにして環境保護の旗印となり、現在へと至ったのか、その変遷の歴史をたどります。


▼執筆者プロフィール
稲田豊史(いなだ・とよし)
編集者/ライター。キネマ旬報社でDVD業界誌編集長、書籍編集者を経て2013年にフリーランス。『セーラームーン世代の社会論』(単著)、『ヤンキーマンガガイドブック』(企画・編集)、『パリピ経済 パーティーピープルが市場を動かす』(構成/原田曜平・著)、『ヤンキー経済 消費の主役・新保守層の正体』(構成/原田曜平・著)、評論誌『PLANETS』『あまちゃんメモリーズ』(共同編集)。その他の編集担当書籍は、『団地団~ベランダから見渡す映画論~』(大山顕、佐藤大、速水健朗・著)、『成熟という檻「魔法少女まどか☆マギカ」論』(山川賢一・著)、『全方位型お笑いマガジン「コメ旬」』など。「サイゾー」「アニメビジエンス」などで執筆中。
http://inadatoyoshi.com
●落語とSFショートショート

幼い頃に読んだ『ドラえもん』を、ふと大人になってから読み返すと、そのモチーフやセリフにドキッとすることはないだろうか。それは『ドラえもん』という作品が単に「夢いっぱい」なだけでなく、普遍性の高いアイロニーや警句を多く含み、社会批評的な側面も有していたからだ。
もちろん、児童マンガ家としての強い矜持を貫いていた藤子・F・不二雄だけに、大人向けメッセージをダイレクトに込めていたとは言いがたい。それは野暮というものだ。
ただ、巧妙に甘い蜜でくるまれているものの、いくつかのエピソードには明らかに「モノ申すF」の問題意識が透けて見える。

Fが無類の落語好きであることは以前の回(第3回)で述べた。落語はアイロニーやブラックユーモアとの相性が良く、超現実的な世界観や鮮やかなサゲ(オチ)の魅力は、SFショートショート(短編小説)に通じる部分も少なくない。実際、星新一や小松左京といったショートショートを書くSF作家の落語好きは有名だ。桂米朝や桂枝雀とも親交があった小松は、『日本沈没』のリメイク版映画公開時のインタビューで「落語とSFは似ている」という主旨の発言もしている。
落語は言うまでもなく大人の娯楽だ。あらすじだけなら子供にも理解できるが、その奥にある滋味やウイットを汲み取るには、ある程度の「人間的年次」を必要とする。『ドラえもん』が大人にも刺さる理由も、そこにある。

●既存の価値観を問いただす

FのSF短編に「気楽に殺(や)ろうよ」(「ビッグコミック」1972年5月10日号掲載)という読み切りがある。世の中の価値観が一斉に変わり、主人公がその違和感に戸惑うという話だ。
物語では、食欲と性欲の位置づけが逆転し、人前で食事することが「恥ずかしいこと」とされる。逆に、公共空間でのセックスはタブー視されない。殺人が公認されていて、子供を1人つくれば1人殺していいことも法的に認められている。こんな具合だ。
このように誰もが疑わない、あまりにも当たり前の価値観を茶目っ気たっぷりに疑ってみるのは非常にSF的な態度だが、『ドラえもん』にもそのような話がある。

てんコミ1巻「古どうぐきょう争」では、スネ夫の自慢で「古道具に価値がある」ことを知ったのび太が、22世紀のショップに依頼して身の回りのものをなんでも古道具に取り替えていく。
鉱石ラジオや西洋の甲冑を手に入れて、鼻高々ののび太。しかしエスカレートした結果、衣服は石器時代の葉っぱ一枚スタイルに、住居も草葺きになってしまう。「古い=ありがたい」を盲信する価値観をシニカルに笑い飛ばす一編だ。

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