宇野常寛責任編集 PLANETS 政治からサブカルチャーまで。未来へのブループリント

Serial

  • 2018.01.18
  • 濱野智史

濱野智史『S, X, S, WX』―『アーキテクチャの生態系Ⅱ』をめざして 第1章 東方見聞録(2)【不定期配信】

情報環境研究者の濱野智史さんの連載『S, X, S, WX』―『アーキテクチャの生態系Ⅱ』をめざして。サンフランシスコに到着した濱野さんは、Google Cloud Next ‘17に出席しました。そこで発表された「Cloud Spanner」の提供開始は、21世紀の情報社会においてどのような思想的意義を持つのでしょうか。

 前回の掲載からだいぶ時間が過ぎてしまった。不定期連載とはいえ読者諸兄には申し訳ない。また当初構想していた連載はより紀行文的な――リアルタイム性の高い散文――を予定していたのだが、編集部との方針相談もあり、だいぶ文体や構成から練り直す必要が生じた。これが遅れた理由の1つだが、もう1つの最大の理由は、目下本連載が対象としているGoogleおよび競合他社のクラウド戦略が、連載開始直後の2017年6月以降、加速度的に変化をもたらしており、著者としてはいかにそこから批評的に距離を置くか、書きあぐねていたのが正直なところである。とはいえ本連載は、筆者が所属する組織とは関係なく、あくまで一人の、社会学者でありフィールドワーカーによる、いささか思弁的で抽象的な情報社会の現在形に関する考察であることに変わりはないはずだ。今後もやや不定期な連載になってしまうかもしれないが、お許しをいただきたい。

#1-2 Googleというアトラス: 究極のデータベースの実現

 2017年3月。SFOすなわちサンフランシスコ国際空港に到着した私は、まずGoogle本社の見学へと向かった。通称、Googleplex(グーグルプレックス)。それは10の10の100乗乗という途方もなく莫大な数「googolplex」から取られたものであり、Googleの社名の由来にもなっていることはよく知られた話であろう。
 Googleplexはしかし素っ気ない、本当にそれくらいしか形容しようのない、田舎の大学のキャンパスのような場所だ(実際にGooglerは「キャンパス」と呼ぶ)。広大なキャンパスの中には、複数のオフィス棟が無数に存在している。ちなみに見学者は、オフィス棟の中にはセキュリティの関係で入ることは許されない。ほぼ唯一見学者に許されるのは、まずGoogleの記念品を購入できるGoogle Storeだ。といってもApple Storeのようなものを想像してはいけない。Tシャツやペン、サングラスといった、よくあるような安価なお土産が陳列されているだけの「お土産屋さん」である。
 そしてもう一つは、Google創業時の歴史を伝える一種の「展示室」のようなスペースだ。しかし、これもまた実に飾り気のない、よくある自治体がつくった無料の展示スペースのような場所だ。Googlerが創業当初の頃、立ちながらパソコンを置いてミーティングをするのに最適な、「自作感たっぷり」のベンチ型テーブル(ホームセンターで購入した脚立と板で作成されている)が陳列されていたのが、印象的だった。言葉遊びをするつもりはないが、要はこのベンチ(長椅子)がGoogleの「ベンチマーク(測量における水準点。比べる同類物との差が分かるような、数量的や質的な”指標”)」だとでもいいたげなように見えた。とにかくそこには「創業者」のような人間らしさを装飾する要素がどこにもないのだ。少くとも社史を「人間像」を通じて輝かしく見せる、といった発想はない。そういった印象を筆者には与える空間だった。
 これは後に思想的に整理することになるが、そもそもGoogleには(人文的意味での)「美(意識)」が欠けている。そう断言してよいだろう。キャンパスの建物も、全くといっていいほど、いわゆるポストモダン建築に見られるような「アヴァンギャルドさ」のようなものは特に感じられない。少なくとも、Appleが2017年現在も建造中の新社屋(Apple Park)のような、建築への意志は見られない。生前、スティーブ・ジョブズはこの新社屋を建設するにあたって、社員が自然と美しいデザインを意識するようにとの狙いを込めたというが、そうした考えは見られない。これに対して実際Googleは、建物に限らず、例えばよくある(ハーマン・ミラーのような)「高級なオフィスチェアー」を購入することはしないという。なぜならそうした「固定費」への投資は創造性とは無縁だからだといった記述が『How Google Works』の中にも出てくる。
 けだしGoogleにとって美とは無駄なコストなのだ。近代思想を代表/体現する建築家たちの命題の1つに「機能的なものは美しい」(ヴァルター・グロピウス、ル・コルビジェ、丹下健三……誰もがそれを口にする)というものがある。しかしまるでGoogleは美を気にしない。Googleにとってデザインとは、A/Bテストを通じてビッグデータによって選択/淘汰されるものが行き残った帰結にすぎない。小林秀雄はかつて「美しい花がある。花の美しさというものはない」といったが、Googleならむしろこういうだろう。「美しい花はデータによる投票で決まる」と。
 ……そんな思索に耽りつつ筆者は淡々とキャンバスを歩いた。あとひとつ印象に残っているのは、Googleplexのほぼ中心、全社ミーティングが行われるという大講堂のそばに、T-rex(ティラノサウルス)の像が立てられていたことくらいだろうか。これには「巨大な恐竜のような会社になるな(図体だけ巨大になると、いつか滅びてしまう)」というメッセージが込められているという。果たして「巨大」とは何か。もはやそれは「見えるもの」では測れない時代が来ている。そのことを、筆者は次の日から嫌というほど思い知ることになる。
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