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  • 2016.12.28

更科修一郎 90年代サブカルチャー青春記〜子供の国のロビンソン・クルーソー 第3回 秋葉原・その2【第4水曜配信】

今朝のメルマガは〈元〉批評家の更科修一郎さんの連載『90年代サブカルチャー青春記〜子供の国のロビンソン・クルーソー』の第3回をお届けします。
2000年代に秋葉原を席巻した「メイド喫茶」。「萌え」の3次元化を目論んだその流行の背後には、裏社会が絡んだ暗部が見え隠れしていました。昼下がりの電気街を散策しながら、秋葉原という街に刻み込まれた文化と事件の記憶を辿ります。


 
▼プロフィール
更科修一郎(さらしな・しゅういちろう)
1975年生。〈元〉批評家。90年代以降、批評家として活動。2009年『批評のジェノサイズ』(宇野常寛との共著/サイゾー)刊行後、病気療養のため、活動停止。2015年、文筆活動に復帰し、雑誌『サイゾー』でコラム『批評なんてやめときな』連載中。
 
本メルマガで連載中の『90年代サブカルチャー青春記』配信記事一覧はこちらのリンクから。

前回:更科修一郎 90年代サブカルチャー青春記〜子供の国のロビンソン・クルーソー 第2回 秋葉原・その1【第4水曜配信】

 
■第3回「秋葉原・その2」
 
 ジャンク通りをしばらく歩いていると、空腹を覚えた。
 最近、ヨドバシカメラAKIBAのレストラン街は改装され、フードコートも新設されたが、90年代の秋葉原駅周辺は食事処が少なかった。
 学生時代は貧乏だったので、秋葉原デパートの1階にある立ち食いお好み焼きで空腹を満たし、店を巡り歩いていたのだが、その秋葉原デパートも、今はJR東日本のアトレ秋葉原に建て替えられ、デリや弁当を売っている。
 それはそれで美味しそうだが、買っても食べる場所がない。銀座松屋のデパ地下のように、食事スペースを併設してくれれば良いのだが。
 話をジャンク通りの裏路地に戻すと、このあたりには地元民向けの蕎麦屋や弁当屋がいくつかある。どれも地味な佇まいだが、地元民専用と言わんばかりの素っ気なさで、妙に入りづらい。
 もっとも、いくつかの例外もあり、「サンボ」という牛丼屋は、秋葉原を訪れる人々の間でカルト的な人気がある。元は吉野家の初期フランチャイズ店舗で、1980年に倒産した際、独立したらしい。
 元々、日本橋の魚市場が発祥の吉野家が、1989年まで神田青果市場があった秋葉原に出店したのは自然の成り行きだが、食べたことはない。
 たぶん懐かしい味なのだろうが、偏屈なローカルルールとカルト的な人気で逆に近寄りづらくなったのだ。
 
 雑居ビルの店子はその時々の流行に合わせて入れ替わっているが、地元密着型の飲食店はしぶとく残っている。
 その一方で、秋葉原の客層の変化に合わせて、新しい飲食店も増えた。どれも脂っこい料理を売りにしていて、ラーメン二郎インスパイアと思しき店もある。
 あきばお〜、三月兎、まんだらけに囲まれたジャンク通りの角にある「野郎ラーメン」は巨大なラーメンの写真看板を掲げていて、見ているだけで胃もたれがしてくる。昔ながらの中華そばは好きだが、ギトギトの背脂系は苦手なのだ。
 しかし、友人いわく、二郎系ラーメンは「コストパフォーマンスが良い」らしい。秋葉原を訪れるオタクな人々は、基本的に快楽主義者で効率厨だが、それ故に、目的以外の諸要素は考慮しない。
 筆者は大病を患ったこともあり、身体への負担といった要素も考え、昼食を選択する。だが、友人はそういう細かいことを考えず、快楽と価格だけを天秤にかけ、「コストパフォーマンスが良い」という結論に至る。
 更に近隣の雑居ビルには、アダルトビデオのセクシー女優出演が売りのショーパブの看板が掲げられている。昼前なので、現在、営業しているかどうかも分からないが、こうなると歌舞伎町と変わらないギトギトの欲望の街だ。
 歌舞伎町と違うのは、内向きの欲望に特化されていることだが。

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