宇野常寛責任編集 PLANETS 政治からサブカルチャーまで。未来へのブループリント

Serial

  • 2017.06.02
  • 宇野常寛

京都精華大学〈サブカルチャー論〉講義録 第20回 日本的〈アイドル〉の成立と歌番組の時代

本誌編集長・宇野常寛による連載『京都精華大学〈サブカルチャー論〉講義録』。今回からは「アイドルの戦後史」がテーマです。60年代から徐々に「アイドル」という存在が日本社会に定着し、80年代に一大ブームを迎えていった歴史を辿ります。(この原稿は、京都精華大学 ポピュラーカルチャー学部 2016年7月8日の講義を再構成したものです)

「アイドル」は日本にしかいない?

 今日の講義のテーマは「アイドル」です。この10年くらいで日本のサブカルチャーの中心はすっかりアニメからアイドルに移動してしまった。だから、いま大学生のみなさんの世代にとってはアイドルがサブカルチャーの中心にいるというのは当たり前のことかもしれません。しかしアイドルの歴史をさかのぼっていくと、実は80年代に盛り上がって、そのあと一度下火になったもののこの10年くらいでまた盛り返してきた、という文化だということが分かります。
 
 みなさんぐらいの年齢の人にはわからない感覚かもしれないですが、僕と同世代だとアニメファンとアイドルファンって仲良くないんですよ。と、いうかアニメファンの中にアイドルを毛嫌いする人が少なくない。アイドルファンのほうに「アニメも好き」という人はたさくんいるんですけれど、逆はそうでもない。アニメファンのなかにはアイドル嫌いが多くて、「三次元は許さん!」とか言ったりするんですね。2ちゃんねるやニコ動にも多いと思いますが、今の30代、40代の男性アニメファンは「二次元のキャラクターにハマるのはいいけれど、三次元にハマるのはよくない」という謎の思想を持っている人が多いんです。僕なんかはアニメも好きだけどアイドルも好きでAKB48関連の仕事もをしたりもしているけれど、「お前はアニオタのくせになぜAKB48の番組に出るんだ、ふざけるな!」って怒られたりします。これはなぜかというと、30、40代の古い世代のアニメオタクにとって、サブカルチャーって「現実から切り離されていること」が重要だからですね。アイドルは半分が現実、半分が虚構の存在です。そういう思想的な反発があるんだと思います。
 
 では、今のサブカルチャーの中心部であるアイドルとはどういうものなのかを、ここからは話してみたいと思います。
 
 アイドルという言葉を直訳すると「偶像」ですよね。でも、いわゆる僕らが使っている意味の「アイドル」は日本にしかいないんです。そこでまずはこの言葉の定義から見ていこうと思います。
 
 まず、Wikipediaの「アイドル」の項目を見ていきましょう。Wikipediaって色んな人の断片的な記述をつなぎ合わせているからいい加減なことも多いんですが、Wikipediaの「アイドル」はよくできていると思います。ここでの「アイドル」の定義はこうです。

「成長過程をファンと共有し、存在そのものの魅力で活躍する人物」
アイドル – Wikipediaより)

 アイドルって必ずしも歌がうまいとか演技がうまいとか、そういうわけではないですよね。ファンはその人の成長過程を共有し、存在自体を応援する。定義的には、「人気者」としか言えないですよね。
 
 日本の芸能って、こういうものが多いんです。伝統芸能である歌舞伎もそうだし、宝塚歌劇団もそうですが、完成されたプロの芸を受け取るのではなく、未熟なプレイヤーがだんだんとうまくなっていく過程をファンコミュニティが応援する文化なんです。だから日本におけるアイドルというものは、日本的な芸能界の延長線上にある、トラディショナルな概念だと思います。たとえばお隣、韓国のK-POPアーティストはプロフェッショナリズムを徹底しますよね。大陸や半島はこうはならないんです。同じ東アジアでも、日本独自の感覚ですよね。
 
 アイドルという言葉が日本で使われ始めたのは、Wikipediaに載っているように50、60年代ですね。この時期、アメリカではエルヴィス・プレスリーやビートルズといった歌手たちが大ブームを巻き起こしていて、それが日本にも輸入されて流行しました。向こうで「女学生のアイドル(bobby-soxer’s idol)」と呼ばれていた言葉が、日本では和製英語「アイドル」として定着していったわけです。

この記事の続きは、有料でこちらからお読みいただけます!
ニコニコで読む >>
noteで読む >>

関連記事・動画