宇野常寛責任編集 PLANETS 政治からサブカルチャーまで。未来へのブループリント

Serial

  • 2017.08.07
  • 宇野常寛,石岡良治

【特別再配信】『心が叫びたがってるんだ。』のヒットが示すもの――深夜アニメ的想像力の限界と可能性(石岡良治×宇野常寛)

今回の特別再配信では、アニメ映画『心が叫びたがってるんだ。』をめぐる石岡良治さんと宇野常寛の対談をお届けします。『とらドラ!』『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』の長井龍雪・岡田麿里・田中将賀が手掛け、興行収入10億円突破のヒットとなった本作と、それを取り巻くアニメ市場の状況について語りました。
(初出:「サイゾー」2015年12月号/本記事は2015年12月23日に配信した記事の再配信です )


出典

▼作品紹介
『心が叫びたがってるんだ。』
監督/長井龍雪 脚本/岡田麿里 出演(声)/水瀬いのり、内山昂輝、雨宮天、細谷佳正ほか 制作会社/A-1 Pictures配給/アニプレックス 公開/9月19日
幼い頃に憧れていたお城(=ラブホテル)から父と女性が出てくるのを見て、それを母親に話したことから、両親が離婚した順。そのとき、妖精によって順は「しゃべると腹痛が生じる呪い」をかけられ、そのまま成長する。高校生になっても、そのせいで携帯のメールでしか会話できない。あるとき彼女は、クラスメートの坂上拓実、田崎大樹、仁藤菜月と共に「地域ふれあい交流会」の実行委員を担当するよう担任に指名される。それぞれが事情を抱えながら、交流会のミュージカル上演に向けて進んでゆく。大ヒット作『あの花』のメインスタッフが最集結し、同作と同じ埼玉県秩父市を舞台にした高校生の青春群像劇。

深夜アニメブームが生み出してしまった「お約束(コード)」

石岡 『心が叫びたがってるんだ。』(以下、『ここさけ』)は、予告編の段階では、舞台が秩父だったりで『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』[1](以下、『あの花』)の二番煎じという印象でしたが、結果的には別物でしたね。
『アナと雪の女王』以降、日本のアニメ業界は『アイドルマスターシンデレラガールズ』[2]や『Go!プリンセスプリキュア』[3]など、プリンセス要素を表面的に取り入れた。『アナ雪』は本当はむしろ、プリンセスモチーフが無効になったことを示していたはずなんだけど。一方、『ここさけ』ではヒロインが憧れるお城を「ラブホテル」というペラペラな空間に設定した。「聖地巡礼」というけれど、実際、北関東でランドマークになるものなんて、こうしたラブホテルぐらいしかないわけです。まず、そうしたところから心をつかまれた。
登場人物たちの才能が高校生としてちょうどいい、というあたりも重要だと思う。つまり、ありもののミュージカルナンバーに歌を乗せる程度の才能というか。実際にこんな子がいたら高校生としては才能ありすぎなんですが、とはいえあり得なくない程度の才能になっていて、『ウォーターボーイズ』的な“みんなでミッションを成し遂げる”系の部活ものとして作られていた。同時に、あからさまなまでにアメリカの王道ハイスクール映画的な、野球部員とチアリーダーをメインキャラに配置してスクールカーストを取り入れたりして、最後は「順ちゃん、まさかその野球部と付き合うのかよ!?」と、ある種のオタクが怒るような(笑)エンディングになっていた。そこまで含めて、よく研究されていると思いました。
一方で、深夜アニメというオタクコンテンツ発の作品がどこまで一般向けにリーチするかの、ある意味マックスの限界がここにあると思った。学園ものアニメでシビアなスクールカーストを描くと、『響け! ユーフォニアム』[4]みたいに「実写でやれ」と言われてしまったりするけど、『ここさけ』を実写にすると、ヒロインの成瀬順がイタすぎて見てられないだろうな、と(笑)。『あの花』の実写版はわりと評判が良かったですが、やっぱりヒロインのめんまだけはコスプレにしかなっていなかった。『ここさけ』では順がそういうキャラクターで、どう考えてもアニメの住人。だからこのキャラがいければOKなんだけど、全然受け付けないと完全にアウトっていう。

宇野 『ここさけ』は、岡田麿里[5]がこれまでやってきた10代青春群像劇の集大成だと思うんですよ。例えば『true tears』[6]では、オタクが持っている“不思議ちゃん萌え”の感情を利用して、自意識過剰な女の子の成長物語を効果的に描いてきた。あのヒロインが主人公にフラれることで、逆説的に自己を解放するというストーリーは今回も若干アレンジされて使われている。あと「鈍感なふりをすることが大人になること」だと勘違いしちゃったハイティーンの青春群像劇、という要素は『とらドラ!』[7]の原作にあったもので、それを岡田さんはうまく自分のものにした。そして『あの花』では、近過去ノスタルジーを描くには、実写よりも抽象度を上げたアニメのほうが威力が高い、ということをマスターしたんだと思う。『あの花』の路線でもう一回劇場作品をやってみた、くらいの企画かと思って観に行ったら、そういう意味で非常に集大成的な作品になっていて、よくできていましたね。
一方、集大成なだけに弱点も出てしまっている。それはどちらかというとクリエイターの問題ではなくて、今のアニメ業界やアニメファンといった環境の問題なんだけど。つまり、今やアニメにおいては「消費者であるオタクとの間にできたお約束(コード)を逆手に取る」というアプローチ以外、何も有効ではなくなってしまっている、という息苦しさがあった。この映画はヒロインが順のようなキャラクターだから成り立っているわけであって、“リア充”感の強い女の子が主役だったら、絶対キャラクター設定のレベルで拒否されてしまう。あるいはエンディングで、ヒロインが野球部の男と付き合うかもしれない、という描写なんて、お約束を逆手に取った明らかな悪意なんだけど、あれがギリギリだと思うんだよね。岡田・長井龍雪[8]コンビくらいの能力があるんだったら、もっと自由にやってほしいなと思うところは正直あった。

石岡 それはさっき僕が言った、深夜アニメ発の想像力は最大限に拡張して『ここさけ』が限界、という話と同じことですよね。

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