宇野常寛責任編集 PLANETS 政治からサブカルチャーまで。未来へのブループリント

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  • 2016.07.06
  • ドラがたり,稲田豊史

『ドラがたり――10年代ドラえもん論』(稲田豊史)第12回 反戦・冷戦・核・原発【毎月第1水曜日配信】

本日は稲田豊史さんの連載『ドラがたり』をお届けします。『ドラえもん』の物語に何度も登場する、東西冷戦を背景とした「戦争」や「核」といったモチーフ。特に、エコロジー思想に傾倒する以前の作品では、藤子・F・不二雄が得意とする、辛口のアイロニーとブラックユーモアを堪能できます。いまだ色褪せることのない社会派SFとしての、往年の名エピソードの数々を論じます。


▼執筆者プロフィール
稲田豊史(いなだ・とよし)
編集者/ライター。キネマ旬報社でDVD業界誌編集長、書籍編集者を経て2013年にフリーランス。『セーラームーン世代の社会論』(単著)、『ヤンキーマンガガイドブック』(企画・編集)、『パリピ経済 パーティーピープルが市場を動かす』(構成/原田曜平・著)、『ヤンキー経済 消費の主役・新保守層の正体』(構成/原田曜平・著)、評論誌『PLANETS』『あまちゃんメモリーズ』(共同編集)。その他の編集担当書籍は、『団地団~ベランダから見渡す映画論~』(大山顕、佐藤大、速水健朗・著)、『成熟という檻「魔法少女まどか☆マギカ」論』(山川賢一・著)、『全方位型お笑いマガジン「コメ旬」』など。「サイゾー」「アニメビジエンス」などで執筆中。
http://inadatoyoshi.com

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前回:『ドラがたり――10年代ドラえもん論』(稲田豊史)第11回 土地とカネの物語

●みじめで滑稽な独裁者のび太

「『ドラえもん』は大人の鑑賞にも堪える作品」という文脈の中で、必ず話題にのぼるエピソードがある。てんコミ15巻「どくさいスイッチ」(「小学六年生」77年6月号掲載)だ。
ブラックユーモアドラの最高傑作とも言える会心作であり、ある程度ドラえもんリテラシーのある大人同士で「好きなエピソード」を交換しあう際には、鉄板で盛りあがること請け合いの1本。「トラウマ回」と呼ぶファンも多い。その概要はこうだ。

ジャイアンにひどい仕打ちを受けて「あいつさえいなけりゃ……」と嫌気が差したのび太に、ドラえもんは「どくさいスイッチ」を渡す。ボタンを押すと気に入らない相手を消せるスイッチで、未来の独裁者が、自分に反対する者や邪魔する者を消してしまうために作らせたという。
「じゃま者は消してしまえ。すみごこちのいい世界にしようじゃないか」と不気味に耳打ちするドラえもん。しかも、消された相手は「最初からこの世界に存在しなかった」ことになる。恐ろしい道具だ。
のび太は少し躊躇するが、結局はジャイアンを消してしまう。しかしジャイアンのいない世界ではスネ夫がいじめっ子になっており、今度はスネ夫も消してしまう。
友人を二人も消してしまったことで良心の呵責にさいなまれるのび太。疲れて昼寝を決め込むが、夢のなかでは周囲の皆が自分を笑い、責め立てる。寝ぼけたのび太は「だれもかれも消えちまえ」と叫び、はずみでボタンを押してしまうのだ。
こうして、世界中からのび太以外の人間が消えてしまう。

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てんコミ15巻「どくさいスイッチ」(「小学六年生」77年6月号掲載)

のび太はかなり動揺するが、なんとか気を取り直す。「この地球がまるごとぼくのものになったんだ。ぼくはどくさい者だ、ばんざい!」と自分を奮起させるのび太の姿が悲しい。
のび太は無人の商店からお菓子や食料、ゲームやラジコンを調達し、貪り興じる。しかし虚しいばかりで寂しさは紛れない。紛れるはずがない。
夜になり、絶望にうずくまるのび太。すると、背後にドラえもんが現れる。

「じつはこれ、どくさい者をこらしめるための発明だったんだ」

こうして世界は元通りになった。
「独裁の罰は究極の孤独」。本作を読んだ子供たちの胸に深く深く刻まれたことだろう。

もうひとつ、独立した国家の元首が独裁者に成り果てる過程を揶揄した傑作が、てんコミ26巻「のび太の地底国」(「小学五年生」80年2月号掲載)だ。これは、のび太が子供たちだけの理想郷を造ろうとする話である。

「どこでもホール」を使って、外国の巨大な洞窟スペースに、住みやすい街を造成するのび太。最初は理想に燃えていたが、ジャイアンの横暴を制止するために導入した「ロボ警官」と「署長バッジ」を手にしたあたりから、雲行きが怪しくなる。
のび太は「暴力をなくし、明るく平和な国をきずこうではありませんか!」などと偉そうに演説し、自ら首相に就任。「のび太国」の国家樹立を宣言して国旗を掲げる。そして、言うことを聞かない国民(子供たち)には「いやならたいほする」として命令を強要するのだ。
完全に警察国家、否、事実上の独裁国家の誕生である。

新天地開拓モノ、建国モノは長編・短編ともに『ドラえもん』の定番とも言えるモチーフ。本作はそれに加えて、「どんな独裁者も最初は理想に燃えているが、ほとんどの人間は権力の魅力に抗えない」ことが、愚かなのび太の姿を通じて描かれるのだ。
国民(子供たち)のクーデターによってのび太が権力者の座から引きずり下ろされる終幕は、実にリアリティがある。いつぞやのアフリカか中南米あたりの小国の政変でも見ているかのようだ。世界史通の藤子・F・不二雄らしい1本である。

●物語装置としての「反戦」

バランス感覚にすぐれ、野暮を嫌ったFは、80年代半ば頃まで、児童向けマンガでは直接的な政治的主張をしなかった(80年代半ば以降は、第10回で言及したエコロジー作風が顔を出し始める)。
それゆえ「大衆の声」とは切っても切れない反戦意識の表出に関しても、決して野暮な左翼的政治色を帯びるようなヘタを打たない。史観や評価がほぼ確立された過去の出来事を、ある種昔話のように引き合いに出して語り草とすることで、政治色を巧みに脱臭する。
よく登場したのは、連載初期の70年代当時からしても20年以上前の出来事だった太平洋戦争(1941〜45年)だ。

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