宇野常寛責任編集 PLANETS 政治からサブカルチャーまで。未来へのブループリント

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  • 2016.01.12
  • 〈思想〉としての予防医学,石川善樹

「人生百年」時代、社会は二層構造になっていく?(石川善樹『〈思想〉としての予防医学』第8回)

今朝のメルマガは予防医学研究者・石川善樹さんの連載『〈思想〉としての予防医学』の第8回をお届けします。第7回で問題提起された「人生百年」時代の話題をさらに深めて、「個人」の生き方のみならず「社会」はどうなっていくかを考えます。


まずは前回のまとめから始めましょう。

私は前回、人間の寿命が百年ほどに伸びる時代はそう遠くないと書きました。そのとき、私たちの人生設計は大きく変わらざるを得ません。なぜなら、これまでの人間にまつわるあらゆる思想や社会制度が、もっと人間の寿命が短い時代に作られたものだからです。
今回はその社会制度における変化のあり方について書きますが、前回は個人の生き方にフォーカスして話をしました。そこで私が比喩として出したのは、人生の季節です。まずは、そのおさらいです。

スライド1

▲人生百年のカーブ

まず0歳から25歳までの人生は「春」です。以前に書いた『友だちの数で寿命は決まる』という本で、私はこの時期を「肉体的成長の時期」と名づけています。この時期は気力も体力も右肩上がりの時期で、正直なところ健康なんて言ってるよりも、どんどん仕事や遊びに打ち込むのでいいくらいの時期です。
続く25歳から50歳の時期は「夏」でした。人生の「盛り」にも当たるこの時期の役目は、「人生五十年」時代と同様にしてキャリアを充実させる時期であると同時に、「人生百年」時代ならではの“セカンドキャリア”の準備も求められてきます。
この時期を先の本では「精神的成長の時代」と書きました。気力や体力は、ここからどんどん衰えていきます。しかし、精神の成長はこの時期も上昇を続けます。だからこそ、ただ休養を取るだけではなくて、自分の精神的成長に繋がっていくような休養の取り方も大事になってきます。

■ 瞑想が誘う“デフォルト・モード・ネットワーク”

前回は自分で調べてくださいと書きましたが、せっかくですのでここで瞑想のやり方を教えたいと思います。と言っても、特に難しい方法ではないので、ご安心ください。

長いあいだ第一線で活躍している人に話を聞くと、驚くほど多くの人が瞑想を生活の中に取り入れています。それは、まさにこの「精神的成長」を持続的に続けていく上で、自分と向き合う必要が出てくるからです。また、このあとで解説するような「デフォルト・モード・ネットワーク」という、新しいアイディアが浮かびやすい状態に脳を持っていく効果もありますし、脳の疲れを取る効果もあります。

では、瞑想とはなにか。それは自分の脳を自在にコントロールするためのテクニックです。ダイエットのときなどの精神状態が分かりやすいですが、人間は基本的に自分の脳に騙されながら生きています。それをこちら側から制御していくテクニックと言ってもいいかもしれません。
瞑想でまず大事なのは椅子に座って背筋を伸ばして、姿勢を正すことです。その上でゆっくりと呼吸を整えます。理想は1分ほどかけて息を吐きだして、またスーッと吸い込む。これを繰り返すことに尽きます。とはいえ、実際には初心者には難しいので、明治大学の齋藤孝教授が推奨している、3秒で息を吸い込み、2秒息を止めて、15秒かけて息を吐き出すという「3-2-15法」あたりから始めていくのが良いのではないかと思います。

こうやって瞑想をしていると、頭の中に考えが湧いてきます。そこで重要なのが、何か一つのことを集中して考えるか、あるいは湧いてきた考えを次々に流すか、をすることです。
自分の考えを次々に流していくと、脳が先ほども言った「デフォルト・モード・ネットワーク」という状態に入ります。これはシャワーを浴びているときや、ランニングをしているときのように、普段だったら繋がらない記憶がパーンと繋がっていく状態です。
普段の私たちは理屈で物事を考えています。しかし、それは狭いネットワークの記憶を使って、何かに集中している状態でもあるのです。だから、自分の考えを次々に受け流せるようになると、頭の中で思わぬ繋がりが生まれてきて、クリエイティビティが上がっていきます。突然パッとアイディアが浮かぶ時というのは、基本的には特定の物事に集中していない状態なのです。
ただし、この状態は瞑想を通じてでなければ入っていけないものではありません。たとえば、ニッポン放送アナウンサーの吉田尚記さんは、喋ったり自転車を漕いでいるときにそういうモードに入りやすいと言っていました。吉田さんは決まったコースを自転車で走っているとそうなりやすいと言っていましたが、これも「デフォルト・モード・ネットワーク」の視点からは納得がいきます。いつもと違うコースを進むと頭を使うので、むしろこの状態に入りにくいのです。

瞑想を上手に使うと、集中したいのかアイディアを出したいのかに応じて、自分の脳のモードの切替がスムーズに行えるようになります。最初は疲れたときに10分か20分程度行えばいいと思いますが、最終的には一呼吸しただけでフッとそのモードに入ることも可能になります。スポーツや頭脳格闘技の選手などはかなり前から瞑想を活用していて、何かが起きるとすぐに気持ちを切り替えられるように、普段から訓練している人も多いです。
ちなみに、頭の切り替えという点では、自分のルーティーンの記録も効果的です。人間の思考のモードは感情と紐づいていて、さらに感情は身体の動作と紐づいています。しかし、その動作は一人ひとりが違うものです。なので自分がうまくいったときの動作を記録しておくと、そのモードに入りやすくなるのです。

■ 社会制度は二層構造化していくのか

さて、こんなふうに「精神的成長の時代」を通り抜けた先にあるのは、50歳から75歳の時期に当たる「秋」です。
ここからの50年間が今回の話題にも重なってくる、寿命が伸びたことで生じてきた人生の“セカンドキャリア”に当たる時期です。この時期に重要なのは、気の合う仲間を見つけて彼らと一緒に行動したり、そんな仲間たちと、ファーストキャリアとは違う自分にとって楽しい仕事を見つけていくことです。これを私は先の本で「衰退的成熟の時代」と書いています。そういう仕事の中で、次に訪れる人生の最期の「冬」の時代に備えて、自分自身を成熟させていくのが重要になるのです。
そして訪れる「冬」の時代は、自分の人生の終わりを準備することになります。この時期は「機能的喪失の時代」です。肉体も精神もどんどん機能を失っていき、人間は淡々と毎日を過ごすようになります。しかし、それは人間が自分の行いに意味を求めるのを辞める時期でもあります。この時期には、まるで禅宗の曹洞宗が教えるところの「只管打坐」のように、淡々とルーティーンをこなすことで、毎日を過ごすのが大事です。逆に言えば、この時期までのまだ気力が充実している時期に、しっかりと人生のルーティーンを持っておくことが大事である、とも言えるでしょう。

さて、簡単にここまで人生の四季を振り返ってみましたが、これはあくまでも「個人」がどう生きるかというレベルの話です。その一方で、私たちの社会がどんなふうに、この「人生百年」時代、人生が“二毛作”になった時代を運営していくのかは、また別に考えられていくべき問題です。

少し簡単にシミュレーションをしてみましょう。

たとえば、「相続」の問題はどうなるでしょうか。
現在の相続は、年老いた老人がまだ壮年期の息子や幼年期の孫たちのために財産を残すようなイメージだと思います。でも、人生百年時代になっても、子供が生まれる時期は変わりません。人生の最初の「春」~「夏」の時代でしょう。すると、自分が100歳になって大往生を遂げたとして、そのときの息子は下手をすると70歳から80歳の老人だったりします。孫でさえも、50歳から60歳くらいかも知れません。
その状態の人に自分の財産をしっかりと残しておく――という発想は、どういう形になるにせよ、だいぶ現在の我々とは捉え方が違うものになるのではないでしょうか。

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