他社のマンガにヒトコト言いたい!ーー現役漫画編集者匿名座談会2015 第2回『山賊ダイアリー』『Q.E.D. iff ―証明終了―』『賭ケグルイ』 | PLANETS/第二次惑星開発委員会

宇野常寛責任編集 PLANETS 政治からサブカルチャーまで。未来へのブループリント

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  • 2015.09.16
  • Q.E.D. iff ―証明終了―,山賊ダイアリー,漫画,賭ケグルイ

他社のマンガにヒトコト言いたい!ーー現役漫画編集者匿名座談会2015
第2回『山賊ダイアリー』『Q.E.D. iff ―証明終了―』『賭ケグルイ』

「いま、本当に読まれるべき漫画はどのような作品なのか――?」業界の最前線で、常に締め切りと校了のはざまに生きるアラサー編集者トリオが、深夜のPLANETS事務所に集結。毎回、いま最も人に薦めたい1作品を持ち寄り、現役漫画編集者ならではの視点で語り尽くします。今回取り上げるのは『山賊ダイアリー』『Q.E.D. iff ―証明終了―』『賭ケグルイ』の3作です!


 

■ 前回記事
・他社のマンガにヒトコト言いたい!ーー現役漫画編集者匿名座談会2015 ★ 第1回『ゴールデンカムイ』『東京タラレバ娘』『少年Y』

▼座談会参加者

pasted image 0ししまる 青年誌の編集者。30代。取材で久しぶりに新幹線に乗ったら、電源も無線LANもあってビックリ。長距離移動はぶ厚い小説を読むのが楽しみだったが、ここにも仕事が入り込んでくる……。

pasted image 0 (1)薫子 女性漫画誌の編集者。30代。仕事でストレスを抱えるたびに、使うあてのないLINEスタンプを衝動買い。あまりに使い道がないので友達に意味もなく送りつけてドン引きされる日々。

pasted image 0 (2)ジェイ マニア系雜誌の編集者。20代。最近オーディオに凝りだして、ちょっと高額なデジタルアンプを買ってみたけど、音の違いはよく分からず。耳が悪いのか、それとも投資が足りないのか。

 


◎構成:飯田樹

■  『山賊ダイアリー』――「サバイバル男子」ブームが来る!?

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▲山賊ダイアリー

薫子 今回、私は『山賊ダイアリー』(岡本健太郎・「イブニング」)を持ってきました。作者が岡山県の山奥で猟師をしている人で、自分が野鳩やイノシシなどいわゆる「ジビエ」と呼ばれる食材用の野生動物を狩って生活している様子を描いているんですけど、この人がカッコいいんですよ! 銃を扱える、鹿を解体できる、イノシシを捕れる――こういう「サバイバル力」の高い男子にときめいてしまう女子は多いと思います。
最近、山奥暮らしとか第一次産業を扱って、「生きるってすばらしい!」みたいなメッセージを出そうとする作品が多いですけど、この『山賊ダイアリー』はそういうテーマ性を無理に出していこうとしていないのもいいなと思います。

ジェイ 『銀の匙』なんかに漂っている道徳の授業のような嘘くささがないんだよね。バーンって獲物を撃って、「よし食うぞ」って口にしてみたら、臭くて食えたもんじゃなかった……っていう流れを、本当にリアルに淡々と描いている。
「山の中での暮らし」という意味で似たような作品だと『まんが新白河原人 ウーパ!』(守村大)なんかがあるけど、こういうものって、増えているようで増やせないですよね。必要な技量が多いわりに部数が出ないから。

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▲銀の匙

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▲まんが新白河原人 ウーパ!

ししまる 漫画編集者って作家と打ち合わせするときに、必ず「学生時代に部活動は何を何やっていましたか?」「変わった経験をしたことはあります?」という話を振るんですよ。やっぱり自分がよく知っているものは描きやすいし、面白いアイディアを出しやすい。例えば、何らかの部活の経験があるなら1回はその部活をテーマに描いてもらう。そんな中で、狩猟免許を持っている漫画家がいたら、そりゃあやるしかないでしょう。漫画の世界で戦うためにそういう差別化をすることはよくありますよね。『ダーリンは外国人』(小栗左多里)なんかは、よく描けている代表例だと思います。あとこの人、罠の免許も持っているんですよね。そもそも罠が免許制だなんて普通の人は知らない(笑)。罠を作ったら木にネームプレートと電話番号を貼っておいて、獲物がかかっているのを見つけたらその人に連絡しないといけない。なぜなら、罠にかかっているものを勝手に取ると違法になるから――とか、そういうトリビアな知識欲が満たされるところもいいですね。

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▲ダーリンは外国人

ジェイ こういうウンチク系の漫画ってたくさんありますけど、『山賊ダイアリー』はひけらかしている感じがあんまりしない。カラスの駆除に行ってやっつけた後に、「まあ食ってみるか」となる日常感に、エッセイ漫画としての面白さがあるんですよね。

薫子 淡々としているけど、説明が上手だから面白い。根本的に「銃撃ちたい」とか「次はこれを捕ってみたい」とか、そういう男の子的なワクワク感に憧れるんですよ。

ジェイ 「本当にこうやって生活している人がいるんだ」っていうフィジカルな説得力、質感がありますよね。

ししまる あとは食べ物に結び付けているからどんな読者でも興味を持ちやすい。さっきの『銀の匙』と比較すると、『山賊ダイアリー』の作者は「俺、猟が好きでやっているんだぜ」感が出ているのがいいんだと思います。

ジェイ こういう専門ジャンルを描いて成功している作品だと、最近では『バトルスタディーズ』(なきぼくろ)なんかがありますね。作者がPL学園高校の野球部で甲子園出場経験があって、その後にイラストレーターになったという変わり種。MANGA OPENで新人賞を獲っていて、「PLの野球部にいたなら、その話を描けよ!」ということで真っ向から描いているみたいです。

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▲バトルスタディーズ

ししまる 『バトルスタディーズ』は、1話目で主人公がこれから入学するPLの合宿所に見学に行って、なにげなく刻まれている落書きを見たら「カエリタイ」って彫ってあって、「ええっ!?」ってなるという(笑)。野球漬けで有名な名門校の内情って、人によってはすごく知りたい話ですよね。

薫子 男性漫画は過去の経験を題材にしても比較的すっきり描けるけど、女性漫画は人間関係を描くものじゃないですか。だから自分の経験を作品に反映させるのは苦しいんですよね。「なんで私がうまくいかなかったときのことを描かなきゃいけないんですか!?」って、泣きながら漫画を描いてる作家さんもいたりして。

ジェイ 僕は男性誌の編集者だからかもしれないけど、さすがに泣きながら漫画描いてる人は見たことないなぁ。そういう人って才能あると思います?

薫子 それで描けるのであれば才能があるんだと思いますよ。女性漫画はそうやって身を削って描く作家さんが多くて、「漫画とは自分の経験を切り売りするものだ」とも言われたりしますね。
この『山賊ダイアリー』は自分の思うことをスッと描いていて、苦労もあるはずなのに、それをひけらかさないナチュラルな感じが、読んでいて癒やされるんですよね。

ししまる ストレスのかかる物語を摂取したくない気分のときって誰にでもあるから、リラックスして読める漫画って重要ですよ。ツムツムやるのと同じくらいの負担で読める、良い感じの情報量というか。

薫子 けど、この漫画は出会える接点がないのが課題なんです。アマゾンのレビューも現時点で72件あって、レビューした人たちはほぼ満点。星の平均は4.5もある。読者にレビューを書くモチベーションを与えるのはすごいことなんですよ! 読んだ人はみんな虜になってるんじゃないかな。

ジェイ まさに前回出てきた『少年Y』(著:ハジメ、イラスト:とうじたつや)と一緒だよね。「この面白さをわかっているのは俺だけ!」「俺が薦めないと誰も読まないんじゃ……」という感情を読者から引き出すことに成功している。

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▲少年Y

ししまる 結局、キャラクターにファンがつかない限り、コミックスは伸びないから……。

ジェイ この作品はキャラが薄いというか、厳密に言うと薄くはないんだけど、ぶっちゃけ人物の絵がそんなに上手くないから、萌えるに至らないんだよね。
でも、だったらいっそのこと映像化するのはどうだろう?『リトル・フォレスト』(五十嵐大介)って、農作業して飯食って日々過ごすだけの話だけど、橋本愛で映像化したじゃない。ああいう感じで、主人公をイケメンが演じたらいいと思うけどね。

薫子 前にテレビで野草とか食べて自給自足している人を特集していたけど、すごくかっこよかった。そういう一人で生きていけそうな男子への需要はすごくある気がして、「サバイバル男子」ってこれから来るんじゃないかなぁと。

ジェイ 単純に生活力があって、力みがないところとかね。

薫子 すごく原始的な意味で「仕事できる男」って感じがする。

ししまる 「とどめは自分で刺すべきだ」というポリシーでイノシシにとどめを刺すところもいいですよね。

薫子 そういうところに作者の性格の良さがにじみ出ていますよね。

ジェイ 原付のガソリンが切れてしまって、友達にガソリンを持ってきてもらう間に通りかかったクルマに声をかけようとするんですけど、「銃持ってるから怖い思いをさせてしまうんじゃないか」と思ってやめてしまう。こういうところに、いい人感があるんですよね。他人に自分を良く見せようとする力みがないので「この生活、楽しそう!」と思わせられる。

薫子 その友達も2時間かけてガソリン持って来てくれるわけですから、周りの人間関係も温かいんだろうなと。「こうやって生きていた方が人として正しいんじゃないか」と思わせられる。「誰かが何とかしてくれる」のではなく、「自分でどうにかしよう」という行動理論で動いているところもかっこいいんですよ。
やっぱりこの漫画で一番心をつかまれたのは、何があっても一人で生きていけそうな男子というところ。社会が崩壊した後でも生きていけそう。毒草食べても平気だったりする図太い感じ。でも「俺って強いんだぜ」とは全然思っていない。そういうところにキュンと来るんですよ。

ししまる その理屈で言ったら、TOKIOがいちばん良いって話になりますよ。

ジェイ なるほど、これはTOKIOだったのか。「DASH村」を観てワクワクするのと一緒だよね(笑)。

■『Q.E.D. iff ―証明終了―』――理系知識を用いた圧倒的な構成力

ジェイ 僕が今回持ってきたのは『Q.E.D. iff ―証明終了―』(加藤元浩・「月刊少年マガジン」)です。もともと『Q.E.D. ―証明終了―』という作品があったのですが、それが50巻になったのを機に仕切り直して、『Q.E.D. iff ―証明終了―』として1巻が出ました。やっていることは以前とほぼ一緒で、燈馬想くんというMIT(マサチューセッツ工科大学)を15歳で卒業して日本の高校に再入学してきた超天才の主人公が、水原可奈ちゃんというヒロインと一緒に、いろんな事件に遭遇するというのが基本フォーマットです。
他のミステリーと同じように殺人事件とか盗難事件とかがあるんですけど、数学や科学系のネタを毎回いろんな工夫をして絡めて読ませるところが面白い。漫画編集者が飲んだ時に、一番頭のいい漫画家は誰かという話をよくするんですけど、たいてい結論は冨樫義博になります。でも「頭の良さ」っていくつかのパターンがあると思っていて、「本当に論理的な説明能力で理路整然としている」という意味での頭の良さでいうと、僕はこの加藤元浩か、あるいは少女漫画家の清水玲子のどっちかだろうと思うんですよね。正直、この漫画と作者はもっと評価されてもいいと思っているんです。

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▲Q.E.D. iff ―証明終了―

ししまる 原因があるとしたら、絵柄なのかな…。

ジェイ 俺はこの人の絵は読みやすくて尊敬しているんだけどね。ただ、表紙がどれも似ていて、「この巻買ったっけ?」っていつもわからなくなってしまって、それがもったいないなと思う。

ししまる ここまで来たら今から絵を変えるのは無理だから、単行本に関していうなら『ドラゴン桜』(三田紀房)のようにデザインを工夫するしかないかな。ご本人はどちらかというと原作者とか編集者に向いているタイプの頭なんですよ。ものすごく上手くまとめるし理路整然としているけど、その反面、やっぱり狂気が足りない部分がある。絵の上手い新人と組んだらヒットするんじゃないかな。

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▲ドラゴン桜

ジェイ 作者が以前ネットで「10年営業できるラーメン屋は、10年味が変わらないラーメン屋だ」ということを言っていて、なるほどと思ったんです。確かに同じことをずっとやっているんですけど、漫画でミステリーを十数年も淡々とやり続けるってとんでもないことですよ。
本当に理解していないと描けないであろう描き方で数学の理論なんかを事件に応用しているんですよね。僕は数学の偏差値が30だった男なんですけど、それでも楽しんで読める。バカにもわかるように説明するのってものすごく高度な能力が必要じゃないですか。

薫子 でもこの1巻って、数学とかのネタはなくないですか?トリックに理系の要素が入っているタイプだと思うんですけど、この犯罪自体の動機は人情ものというか……。

ジェイ まあ、この巻はたしかに普通かな…51巻もあるから、クオリティはトリックや動機の結びつけがうまくはまっているときと、そうでないときとでやはりエピソードによってムラがありますよね。

ししまる トリックに重きを置くか、動機に重きを置くかですね。大多数の読者が興味を持つ部分って考えると、基本的には動機重視になるんですよ。『金田一少年の事件簿』でいうと、「謎はすべて解けた」と宣言する回と、犯人が犯罪を犯した動機を説明する回が面白かった。トリックが非常に重視されるミステリーでも一番大事なのは人間ドラマの部分なんじゃないかな。動機とトリックの関連性が深いほど「面白かった」と思える。

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▲金田一少年の事件簿

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