『セーラームーン世代の社会論』発刊記念!セーラームーン世代の女子を考えるための2本の映画 | PLANETS/第二次惑星開発委員会

宇野常寛責任編集 PLANETS 政治からサブカルチャーまで。未来へのブループリント

Serial

  • 2015.06.03
  • 稲田豊史

『セーラームーン世代の社会論』発刊記念!セーラームーン世代の女子を考えるための2本の映画

PLANETSの書籍『あまちゃんメモリーズ』や『PLANETS Vol.9』の編集スタッフであり、『ヤンキーマンガガイドブック』(DU BOOKS)や『ヒーロー、ヒロインはこうして生まれる アニメ・特撮脚本術』(朝日新聞出版)といった編著もある稲田豊史が、アラサー女子論をテーマに初の単著を刊行。それを記念して、書籍版ではカットされたネタを再構成し、無料配信します!

アラサー女子の共通原体験『セーラームーン』

1992〜97年に放映され、当時の女児に圧倒的な人気を博したのが、TVアニメ『美少女戦士セーラームーン』シリーズである。幼少期にこの番組を食い入るように見ていたのは、現在のアラサー女性たち。男に頼らず、女子チームだけで直接戦闘して勝利するセーラー戦士たちの姿に、多くの少女たちが胸を躍らせた。

そんな『セーラームーン』は、視聴者世代の人格・価値観形成に大きな影響を与えたのではないか?――という仮説をもとに書き下ろしたのが、先日発売された拙著『セーラームーン世代の社会論』である。

J0dy3vbqu2BanBZrSxksgR4TdA7JHOZyuF5eYSlG
『セーラームーン世代の社会論』(すばる舎)発売中

同書では、90年代女児のロールモデルになった月野うさぎの超絶的な母性についての考察を核に、敵組織の価値観、女子同士の友情問題、彼女たち特有の仕事観や恋愛観、LGBT率の高い敵キャラ、作中で描写されるセクシャリティなどについて記述した。

今さらセーラームーン? と不思議に感じる読者もいるだろう。しかし、セーラームーンは今も現役だ。2012年に誕生20周年記念でプロジェクトが立ち上がったのを機に、大人向けのコスメやアクセサリー、宝飾品の発売、下着メーカーやお菓子メーカーとのコラボなどが次々と発表され、ここ2、3年、アラサー女子たちが飛びついている状況があるのだ。2014年からはリメイクアニメ『美少女戦士セーラームーンCrystal』も放送中である。

eNAHvQrQ8pugbA4KZSSk0R3dwIGkeVApADyL-sdR
▲『美少女戦士セーラームーン Crystal』Blu-ray【初回限定豪華版】1:三石琴乃 (出演), 金元寿子 (出演), 境宗久 (監督) 

実際、Twitterのアイコンをセーラー戦士にしている女性は少なくない(今回、書籍発売時のリツイートで気づいた)。彼女たちは日々のグッズ発売情報を集め、好きなセーラー戦士について日々熱く語っている。

毎年のハロウィンでセーラー戦士のコスに身を包む女子大生もいる。概ね1993〜97年生まれの彼女たちの中には本放送で視聴可能年齢に達していない者も多いが、再放送やミュージカル(2005年まで継続、2013年に復活)でフォローしているケースも多い。『機動戦士ガンダム』(1979〜80年放映)で例えるなら、本放送世代ではない30代男性が「ファースト好き」を名乗るようなものだろう。

なので男子諸氏としては、合コン相手の女子が20代〜アラサーなら、「好きなセーラー戦士は?」というフリがそこそこ有用であることを理解されたい。これは『ジョジョの奇妙な冒険』好きの30代男性に「好きなスタンドは?」と聞いたり、『キン肉マン』好きのアラフォー男性に「好きな超人は?」と聞くに等しい、世代別テンプレ話題集のひとつである。

『花とアリス』における“少女”の定義

さて、セーラームーンの有名な口上、「愛と正義のセーラー服美少女戦士、セーラームーン! 月に代わっておしおきよ!」には注目すべき単語が含まれている。「美少女」だ。

冷静に考えて、14歳の中二女子が自分のことを自分で「“美”しい“少女”」と自己紹介してドヤ顔を決めるのは普通ではない。戦略的な自己ブランディングに長けたアイドル志望の子ならともかく、キャラクター設定上、セーラームーン(=月野うさぎ)はドジで泣き虫な普通の女の子だからだ。

しかし、その普通の女の子が、自分のことをいけしゃあしゃあと「“美”しい“少女”」であると叫び、見得を切っていたのが90年代初頭に登場した『セーラームーン』のエポックな点だった。

自分のことを“美しい”と全肯定し、被写体として世に晒してもいいんだというポジティブなメンタリティは、『セーラームーン』放映開始から数年後、90年代後半のプリクラブームが受け皿となる(初代「プリント倶楽部」は95年7月発売)。少女たちは日々カメラの前で被写体となり、写真を友人たちに配り、雑誌に投稿して、自分の“美しさ”を世に知らしめていった。「カワイイ自分=美少女」の全肯定を行動で示していたのだ。

さらに時代が下ると、セーラームーン世代が10代半ばの頃にはガラケーの自撮り文化が花を咲かせている。20代に差し掛かる頃には、華やかな自撮り写真を一瞬で拡散できる各種SNSが彼女たちの欲求を満たした。セーラームーン世代はプリクラの暖簾の向こうで、ガラケーのインカメラに向かって、月野うさぎよろしく思い思いの見得を切っていたのである。

さらに自分のことを“少女”と称する部分も興味深い。

14歳の女子は基本的に(あくまで基本的に)、背伸びしたオシャレをしたい生き物だ。ギャル系でもゆるふわ系でもアメカジでもなんでもいいが、とにかく「幼い自分よりも“上”の、キレイなお姉さんに見られたい」というのが大概の気分だろう。14歳の女子を“少女”と呼び、「ちいさくてかわいいもの」と称してありがたがるのは、オッサンだけである。

そのオッサン代表として、ぜひ岩井俊二監督の名前を挙げたい。少年の心を持った偉大なオッサン(褒め言葉)として、30代の草食系・文化系・映画系クラスタの男子にぶっちぎりの人気を誇る名匠である。彼の傑作のひとつである『花とアリス』(04)は、氏の大好物である“少女”ふたりの瑞々しい青春を描いた作品だが、ここにはオッサンが規定する“少女”の定義が見事に描かれていた。

R1zEVxgEQZ_aNfLDM-ZFbzeYq4V5gl43WU2RPP-e
▲『花とアリス』 鈴木杏 (出演), 蒼井優 (出演), 岩井俊二 (監督) 

『花とアリス』のラストは、蒼井優演じる有栖川徹子が、ティーン向けと思しきファッション誌の表紙を飾って終わる。自分は雑誌の表紙になれるんだ、という自身の商品価値に徹子自身が気づいたところで、彼女は“少女”ではなくなり、物語が終わる――という仕掛けだ。

少女とは、自分に少女としての商品価値を見出す前の無意識状態においてのみ、少女たりうるのである(ややこしくてすみません)。……というのがオッサンによる“少女”の定義である。

しかし月野うさぎは、「“美”しい“少女”」と名乗っている時点で、自分に少女としての商品価値(=美しいこと)があると思い切り認識しており、かつ外部にアナウンスまでしている。これはオッサンの“少女”定義にまったく当てはまらない。

『美少女戦士セーラームーン』とは、「背伸びするオシャレ」ではない、今この瞬間の自分(=少女)の全肯定(=美しい)を、当時の女児に向けて声高にアジテートしていた番組だったのだ。

『her/世界でひとつの彼女』にみるセーラームーン世代の困難

『セーラームーン世代の社会論』では、「のび太系男子」という概念も提唱した。ざっくり言えば、のび太系男子とは、『ドラえもん』におけるのび太(正確に言えば大長編ドラえもんにおけるのび太)のような生き方を是として開き直る3〜40代男性のこと。都合よく美点だけを並べるなら、「少年性が残存し、争いを好まず、優しい心の持ち主で、滅私の精神を持った人間」である。

しかし一方、のび太系男子は、ひみつ道具でのび太を完全サポートするドラえもんという絶対的ソリューションツール、すなわち「完全なる伴侶」を常に求めている。常に「白馬の王子さま待ち」状態なのだ。

いっぽう、男(タキシード仮面)のヘルプはありつつも、基本的には自らの手で敵を倒す月野うさぎに憧れたセーラームーン世代は、明らかに白馬の王子様なんぞ待っていない。生き方のスタンスが真逆なのだ。

にもかわらず、3〜40代ののび太系男子とアラサーのセーラームーン世代は年齢差的に、「上司―部下」「先輩―後輩」的な人間関係を結びやすく、またカップルや夫婦にも多い。火種の匂いがプンプンする。

夫婦の構図で思い浮かぶのが、日本で2014年に公開され、米国ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞で作品賞と監督賞を受賞した『her/世界でひとつの彼女』(スパイク・ジョーンズ監督、ホアキン・フェニックス主演)という映画だ。

I25b00jucZpxHEvt6nKlgQLhAG4Vs7zM3s4xJ18N
▲『her/世界でひとつの彼女』ホアキン・フェニックス (出演), エイミー・アダムス (出演), スパイク・ジョーンズ (監督) 

『her〜』の主人公はセオドアというバツイチの男性。劇中ではその離婚理由として、「結婚後も人として成長・変化する妻キャサリンが、成長・変化しない夫セオドアに愛想を尽かした」構図が示される。キャサリンはもともと箱入り娘だったが、結婚後、研究者として、人間として、夫のセオドアを追い越してスペックアップしていく。彼女は次第に、妻の理想像を押し付けてくるセオドアに不快感を抱きはじめ、離婚に至ったのだ。

「人間の成長度」が性差による固有のものなのかどうかは定かではないし、離婚事由はカップルによって千差万別だが、本作のキャスティングを「のび太世代の夫×セーラームーン世代の妻」のカップリング破綻と見立てれば、実にしっくりはまる。

自立的で、責任感が強く、成長意欲があり、自己肯定力に秀でたセーラームーン世代のアラサー女性たち。しかし彼女たちは、美少女戦士として優秀であるがゆえに、パートナー探しに難儀する側面も多々あるのではないか。

ちなみにセーラー戦士5人のうち、明確に彼氏持ちと描写されたのは月野うさぎだけ。実に5分の4の確率で「彼氏なし」である。

(了)