音楽とハリウッド映画からBLMを読み解く|柴那典・藤えりか
今朝のメルマガは、イベント「遅いインターネット会議」の冒頭60分間の書き起こしをお届けします。
本日は、音楽ジャーナリストの柴那典さんと朝日新聞経済部兼GLOBE編集部記者の藤えりかさんをゲストにお迎えした「文化現象としてのBLM」の後編です。
白人警官の取り調べで黒人男性ジョージ・フロイド氏が死亡した事件をきっかけに改めて広がったBLMムーブメントの中で、とりわけ音楽の世界はいち早く反応し、直接的な「怒り」を示しました。一方、『ブラックパンサー』の大ヒットに結実するメジャー映画のシーンでは、どのようなアプローチの積み重ねがあったのでしょうか。(放送日:2020年9月8日)
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遅いインターネット会議 2020.9.8
音楽とハリウッド映画からBLMを読み解く|柴那典・藤えりか
BLM下で音楽はいかに反応したか
得能 ここまでは映画の話をしてきましたが、続いては柴さんに挙げていただいた楽曲の話にいきたいと思います。DaBaby & Roddy Ricchの楽曲「Rockstar」(2020年)について、まずこちらの曲の概要からお伺いしたいと思います。
柴 今回のBLMに関しては、映画と音楽の違いがフォーマットの違いとして表れています。映画って単純に作るのに何年もかかるんですけど、音楽は1日〜1週間あればできる。だから、今回のジョージ・フロイドさんの事件を受けた映画作品はまだ1本も出てきていませんが、事件を受けた曲はもう山ほど出てきている。
宇野 なるほど、ステイホーム下では映画は撮れないけれど、音楽は録れますよね。
柴 かつストリーミング配信なのでCDを刷ったりする時間もかからず、Dropboxに上げるのと同じタイム感でクラウド上で公開できるので、めちゃめちゃ早いんです。なので、アイロニーもなく建前もなく、ただただダイレクトな怒りの表現が出てきている。このDaBabyは2019年にメジャーデビューした若手のラッパーなんですけど、4月ごろからずっと全米1位になっている。この曲を選んだのは、ヒップホップ、ラップミュージックの世界では今最も勢いのあるラッパーであるということと、BLMリミックスが出ているからです。
原曲は4月17日に出たんですが、5月26日にジョージ・フロイドさんの事件が起こった。それを受けて、6月12日に曲の冒頭に新たなラップを加えたバージョンを発表した。DaBabyはもともとはあんまり政治的でも、コンシャス的な人でもなくて、どちらかと言えばファニーでキャッチーで、いわゆるエンターテイナーのタイプだったんです。この曲は「俺はギターの代わりに銃を持っている」という、ある種警察に対して中指を立てるような曲だったんですが、BLMリミックスでは曲の冒頭で「警察の横暴に対して俺は怒ってる」っていうことを加えています。さらに、6月28日にBET Awards 2020という、ブラックミュージックのグラミー賞と言われているような賞の授賞式が行われて、祭典自体が完全にBLM一色で。DaBabyがそこで何をやったかというと、いつもはホールとかでやるんですけど、コロナだからスタジオ収録やリモートだったんですよ。リモートでそれぞれが自分の場所でビデオを撮って送るって言うものなんだけど、曲の冒頭で頭を膝で押し付けられた状態でラップしているビデオを撮った。つまり、ジョージ・フロイドさんの殺害された状況を再現して、バックにはちゃんとパトカーとかもあるというパフォーマンスをやったんです。だから事件が起こってまだ1ヶ月もしないときに、全米で最も勢いがあるラッパーが直接的に反応したという意味で、カルチャーから考えるBLMっていうトピックで言うならば、一番ダイレクトで早い反応があったのがこの曲です。
良くも悪くもこの「Rockstar」って思索的な考えを深めるようなタイプのラップじゃなくて、もっと即物的なんですよね。普段は「俺はかっこいい車に乗っている」とか「イカしたおねーちゃん連れてる俺はすごいんだ」みたいなことを言っているんだけれども、そういうラッパーが怒りをここまでストレートに出していることがすごく象徴的だと思います。
宇野 ハリウッドはやはりリベラルの力の方が相対的に強くて、トランプ的なインターネットポピュリズムのファストなアプローチに対して自分たちは映画というどちらかというとスローなアプローチで抵抗を続けてきたわけですよね。ただ、そういったスローなアプローチでつくられる建前的なものではもう止められない切実なものが噴出していているのが今の状況で、クラウドにアップすれば公開できる即時的な反応としての音楽が、ハリウッドのスローな方法では賄えないもの、補えない感情を表現していくというのは、すごく現代的な現象だと僕は思いますね。
藤 もともとスタジオで大味にマス向けに作っていたものがウケづらくなっているっていう流れにも乗っていると思うんですよね。やっぱり万人にウケるのも難しい。だから、いわゆるスターがいいことを言って、それをみんなが支持するような構図が難しくなっている。でも、これだけ分断して罵詈雑言が飛び交っていると、多少まとめるようなリーダー的なステートメントも欲しくなるときもありますけどね。
宇野 トランプ的な右派ポピュリズムに対してオールドリベラル的な熟議で対応しようっていうのが、近年のハリウッド的な立場だったわけですよね。ところがそれでは何も止まらないし、問題解決は解決しない。なので、いわゆる左派ポピュリズム的なアプローチで対抗しているのが今、柴さんが話した音楽の世界の流れだと思うんですよ。
柴 そうですよね。だからこの「遅いインターネット会議」に対して、BLMって良くも悪くも速いインターネットなんですよね。
宇野 完全にね(笑)。
柴 ハッシュタグアクティビズムから始まっていることもその通りだし、やっぱりある意味ポピュリズムの流れであるとも言えてしまうものでもありますが、ここまで大きなうねりになると良くも悪くも無視できない強烈な力を思っています。だからDaBaby & Roddy Ricch「Rockstar」が象徴するのは、5月26日から6月28日にかけてまずは立ち止まってゆっくり考えようぜって言える人が誰もいなかったということだと思います。この曲の表現自体はそこまで良くも悪くも深いものではないんだけれど、すごく重要なのは警察だと思っていて。BLMを語るときに何がポイントかって言うと、人種差別もその通りなんですけど、警察解体、警察が不必要な暴力を行なっているという異議申し立てのところが大きいんです。さっきの『ドゥ・ザ・ライト・シング』(1989年)もそうだし、80年代、90年代、そして2012年、14年、15年、18年、20年と何度も何度も運動に火がつくきっかけって、警官が黒人を射殺したり、ジョージ・フロイドさんのように絞殺したり、といったことなんです。