宇野常寛責任編集 PLANETS 政治からサブカルチャーまで。未来へのブループリント

Serial

  • 2020.12.08

人に気付かない人間への憧れ|高佐一慈

お笑いコンビ、ザ・ギースの高佐一慈さんが日常で出会うふとしたおかしみを書き留めていく連載「誰にでもできる簡単なエッセイ」。今回は、周りにいる人になかなか気が付かないという高佐さんの大切な人への、憧れについて。『日常に持ち込んだシュール』と合わせて読むと、胸キュンが倍増します。

高佐一慈 誰にでもできる簡単なエッセイ
第12回 人に気付かない人間への憧れ

これはまだ僕が結婚する前。僕が所属事務所に向かうために渋谷を歩いていたら、偶然彼女(現・奥さん)が僕の前を歩いていた。そういえば今日はなにやら会議があるとかで普段の仕事場ではない場所に行くと言っていた気がする。
こういう、二人でどこか出かけるとかではなく、街でたまたまばったり出くわすことはそうそう無いので、僕も普段と違う状況にちょっとドキドキし、いたずら心も手伝って、このドキドキを向こうにも味わわせてあげようと、知らないふりをして追い越すことにした。
向こうもびっくりするだろう。街で偶然パートナーが自分を追い越してきたのだから。
『うししし』と心の中でほくそ笑みながら真顔をキープしたまま、前を歩く彼女の真横をサッと通り過ぎた。彼女は僕に気づき、早足で近づいてきて、僕のどちらかの肩をポンポンと叩くだろう。その間恐らく5秒。僕は右肩、左肩に意識を集中させ、その時を今か今かと待った。
5秒後。彼女は僕の真横を素通りしていった。
『あれ、おかしいな?』肩透かしを食らった僕をよそに、彼女はまっすぐ前を見ながらぐんぐん歩いていく。
『気付いてないのか…? いや、もしかしたら気付いていてわざと通り過ぎるという、僕と同じ考えの遊びを仕掛けてきたのかもしれない…』
もう一度追い越した。今度は気付かなかったとは言い逃れできないよう、追い越した後、歩みのペースを緩め、そのままその場に立ち止まった。
立ち止まった僕の真横を彼女が颯爽と通り過ぎていった。
『え…? 本当に気付いていないのか…?』彼女の歩くペースは早い。まるで僕に気付いていないかのような速度だ。もう10m先を歩いている。後ろ姿だとわからなかったのか。
最終手段に出ることにした。小走りで彼女に近付き、そしてそのまま追い越し、少し先でくるっと振る。そしてそのまま引き返し彼女とすれ違う。さすがにこれで気付かないわけはないだろう。というかこれは僕じゃなかったとしても、同じ格好のやつがさっきから3回も自分を追い越しているのだ。こんな変な行動をする奴に気付かなかったという言い訳は通用しない。
作戦通り彼女を小走りで追い越し、くるっと振り返った。少し先にいる彼女がこちらに近づいてくる。僕も近づいていく。向こうがどういう表情に変わるのかもバッチリ見える。
僕たちは何事もなくスッとすれ違った。
『えっ…⁉』という驚きとともに僕が後ろを振り返ると、彼女は僕に背を向けたままぐんぐん遠ざかっていった。すれ違った瞬間の彼女の表情がプレイバックする。それはまるで魔王を倒しにいく勇者のような、雑念を全て削ぎ落とし、余計なものは目に入らない、そんな凜とした表情だった。
『完全に気付いてないやん…』
なぜか関西弁で呟いてしまうくらい訳のわからない感情で、僕はその場に立ち尽くした。僕の存在って……。レベルの上がった勇者がスライム程度の雑魚キャラには遭遇しないように、彼女には僕という存在が感知されなかったようだ。
しばらく呆然とした後、ハッと気を取り直し、彼女にLINEした。

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