宇野常寛責任編集 PLANETS 政治からサブカルチャーまで。未来へのブループリント

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  • 2022.07.29
  • 中野慧

スポーツを経験するとスポーツマンシップが低下する? 指導者・安部磯雄の野球への“関わり方”(後編)|中野慧

ライター・編集者の中野慧さんによる連載『文化系のための野球入門』の‌‌‌第‌23回「スポーツを経験するとスポーツマンシップが低下する? 指導者・安部磯雄の野球への“関わり方”」(後編)をお届けします。
安部磯雄らが主導した早稲田野球部。彼らが野球に見出した「スポーツマンシップ」から、現代にも通じる体育教育について考察します。
前編はこちら

中野慧 文化系のための野球入門
第23回 スポーツを経験するとスポーツマンシップが低下する? 指導者・安部磯雄の野球への“関わり方”(後編)

富(情報)を積極的にシェアするコモンズ的発想

前編でみてきたような最新の野球技術を、早稲田野球部の主要メンバーである橋戸信は著書『最近野球術』(博文館、1905年)にまとめた。橋戸はのちに当時の大手新聞である万朝報、東京日日新聞で記者としても活躍するが、在学時から本を書けるくらいには文章家であった。
この本は様々な点で画期的であった。
まず1つ目に「アメリカで得てきた情報を惜しみなくシェアする」という観点を持っていた点である。それまで日本の野球界を主導していた一高野球部の人々は、野球のルールや技術を解説した入門本を執筆したりはするものの、どちらかといえば精神論的な訓話に重きを置きがち(一高野球部OBで一時代を築いたエースである守山恒太郎の著書『野球之友』(民友社、1903年)など)で、自分たちのノウハウを「秘伝」とする傾向があった。情報を惜しみなくシェアし、野球文化の発展に貢献しようという意識には、やや欠けていたのである。
余談ながら、現代の高校野球強豪校の監督たちの著書にも似たところがあり、肝心の技術論はあまり語らず、どちらかといえば自らの権威性をアピールするような書きぶりのものが多い。重要な情報を自らライバル校に漏らして、その結果自分たちのチームが負けてしまうことを恐れているからである。現代の高校野球は勝利至上主義が特徴となっているが、そういったマインドでは「情報をシェアしよう」という考え方には至りにくい。現代の「甲子園の名将」たちは、自分の自慢話はするが肝心の「上手くなるための練習法」を広くシェアし野球文化の発展に貢献しよう、という人物はほとんどいない。自分たちの権威のPRには熱心だったがフェアプレー精神には欠けていた一高野球部と近い精神性である。
そのようにマインドセットが勝利至上主義であれば、自分たちが得たノウハウを門外不出・一子相伝の秘伝として早稲田野球部だけに語り継いでいてもおかしくない。だが120年前の橋戸の『最近野球術』は、アメリカで得た情報を惜しみなく日本の野球界に伝えようというものだった。この本は安部磯雄が橋戸に執筆を勧めたものである。その背景には、社会主義的な思想、つまり富(この場合はアメリカで得た豊富な情報)を積極的に周囲とシェアしていく「コモンズ(共有財)」の発想があったと考えるのが自然であろう。
安部磯雄は社会主義者であり、野球文化の発展に熱心に取り組んだ。現代の感覚では社会主義と野球というのはあまり結びつかないように思えるが、ロジックは非常に単純で、安部はフェアネス(公平性)の精神を野球に見ていたのである。野球の試合で相手や仲間、審判などに対してリスペクトを持って接する精神(フェアプレー精神)もフェアネスであり、格差を乗り越えて富をできるだけ公平に分配するのもフェアネスであり、男女の性差にかかわらず同等の権利を認めるのもフェアネスであり、武力での戦争をやめてかわりに運動競技で競い合い、それを通じて相互理解を深めるのもまたフェアネスなのだ。

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