「無戦略」を可能にする5つの「戦術」~イギリスの強さの正体~ | PLANETS/第二次惑星開発委員会

宇野常寛責任編集 PLANETS 政治からサブカルチャーまで。未来へのブループリント

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  • 2015.08.05
  • 橘宏樹

「無戦略」を可能にする5つの「戦術」~イギリスの強さの正体~

今朝のメルマガは、英国留学中の橘宏樹さんによる現地レポート『現役官僚の滞英日記』の第11回です。
日本と同様に「先進国病」に悩まされているイギリスは、なぜそれでも国としての活気を失わないのか――? 様々なかたちで日本と比較しながらイギリスの行政や文化についてお届けしてきたこの連載ですが、今回は1年のまとめとして、この国の強みとなっている5つの「戦術」について改めて解説します。

こんにちは。ロンドンの橘です。みなさまいかがお過ごしでしょうか。こちらの大学は夏休みではあるのですが、9月1日締切の修士論文や様々な課外活動で忙しく過ごしております。まだ旅行など休暇らしいことはできていません。
さて、早いもので渡英してよりちょうど1年が経ちました。何を求めてここにやってきたか、連載の第一回を読み返すと我ながら少し感慨深いものがあります。

橘宏樹『現役官僚の滞英日記』第1回:なぜイギリスなのか

当時、夏の涼しさと日の長さを喜びつつも、ネットや書物ではわからない経験や出会いのなかでイギリス人の「うまさ」を体感したいと意気込んでいました。どうしたらそれが得られるか。それらが得られるような運や縁を、自分ははたしてたぐっていけるのか。急いた気分がありました。
この1年、ロンドンを中心に、大学の教官、シンクタンクに集う有識者、世界各国からの留学生、現地で活躍する日本人、学外で会う外国人、多少の旅行での出会いを通じて、想像以上に様々な驚きと学びがありました。数え切れないほど多くの方々に機会や厚意を頂戴したおかげだと思います。心から感謝しています。
また、もちろん、このように毎月学びを整理して皆様にお伝えする機会を与えてくださっているPLANETS編集部の方々、そして私の愚考に目を向けてくださっている読者のみなさまにも、厚く御礼を申し上げたく存じます。

今回は、計2年の官費留学の折り返し地点に立って、感じたこと、特にこちらに来なければわからなかったこと、を振り返って総括してみたいと思います。
特に、イギリス流マネジメントの原理原則のようなものに関して、ある程度考えがまとまりましたので、これを述べてみたいと思います。

イギリス流の狡猾な物事の運び方、最終的には欲しいものを必ず手に入れる手腕などは、「課題先進国」として苦しんでばかりの日本人の目からは「戦略的」に映りがちです。「さぞかし頭が良いのだろうな」と思えます。ところが、近寄って見てみると、戦略どころか、雑な行き当たりばったりさが目に付き、驚きます。でも、もう少し近寄ったり遠ざかったりして見つめ直してみると、「待てよ。むしろ、これこそが強さの正体なのではないか」と思えて来るものがありました。

以下、部分的にはこれまでの連載で触れて来たことも含みますが、イギリス流の「うまさ」の本質を、5つの戦術に分析しつつ、これらが互いに連動する全体構造を描写してみたいと思います。大局観から組み立てた方針を「戦略」と呼び、より下位の局地戦における対応法を「戦術」と呼ぶならば、無戦略を可能にする戦術群こそが、老いてなお成長率2%前後をキープしている現代イギリスの強さの正体なのではないか、というのが、この1年間ロンドンで見聞してみた私の暫定的な結論です。

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▲さて、次の一手は? ボローマーケットそば、サザーク教会の庭で。

1.「弱い紐帯」のハブ機能

まず、連載第1回、6回でも少し触れましたが、イギリスは旧英領植民地53カ国・22億人からなる「コモンウェルス」という緩やかなネットワークを構成する国家群の中心にいることは、分析の最も重要な出発点になると考えます。

各国はBBC、プレミアリーグ、音楽のヒットチャート、クリケット、雑貨屋の商品ラインナップといった生活文化をかなり共有しており、入管や国家資格などでは共通の制度を運用しています。オーストラリア、カナダといった先進国、インド、ガーナ、シンガポールといった地域大国も含んでいます。

しかし、うち約30カ国はジャマイカ、フィジーといった小国群です。イギリス自身は老国となりながらも、一対一の関係では、経済、文化、情報発信等において圧倒的な優位に立って影響力を行使できます。
もちろん独立国同士ですから、強制的に命令ができる関係にはありません。ですが例えば、イギリス政府が政府開発援助(ODA)が有効に活用されているかを評価する際には、援助した相手国が国連等でイギリスをサポートしているかどうかがチェック項目に挙げられています。「味方しないと、援助額を減らすぞ」と宣言しているのです。

また、コモンウェルス諸国の人々にはイギリス国政・地方選挙での選挙権・被選挙権、ビザやワーキング・ホリデーでの優遇措置を与えられているなど、特に移民しやすい環境があります。コモンウェルス省という役所もあります。ですから、優秀な若者たちもイギリスの大学やロンドンの企業に集まってきやすいわけです。
22億人のうち60%が30歳以下ですから、少子高齢化に悩むイギリスも活気を維持することができます。五大陸にまたがる多様性もロンドンが発信する文化に創造性を与えてくれます。
同時に、ロンドンの「メトロ」や「イブニング・スタンダード」といった、毎朝・夕に地下鉄で無料配布され大半の市民が読んでいる新聞でも、コモンウェルス諸国のニュースが多く取り上げられていることは、移民も故郷の様子を知れ、コモンウェルス・コミュニティの一体感を促進していると思います。(日本のニュースはほとんど見かけません。)

また、イギリス以外の諸国の方でも、イギリス・ロンドンをハブ(中継拠点)とすることで、22億人の巨大市場にアクセスできますし、一国で対応するには困難なアメリカや中国等と対抗する都合もありますから、世界中に張り巡らされたこのネットワークの一員であることには、随所で十分な利用価値があります。

超大国として一国で圧倒的な影響力を行使しつつも、嫌われることも多いアメリカや中国、各分野でどんどん統合を進める一方で多くの問題を抱えるEUと比べると、この「緩さ」には安定感すら感じられてきます。これはちょうど、社会学で言う「The strength of weak ties(弱い紐帯の強み)」(社会学者マーク・グラノヴェッターが提唱。家族や親友ほど親密ではない友人知人とのつながりのほうが、社会的に大きな効果を発揮するとした)という理論を連想させます。この理論ではネットワーク内で異なるグループを連結する「ブリッジ」の重要性が指摘されていますが、まさにイギリスとロンドンは53カ国の国家間ネットワークにおけるカネと情報のハブとしてのポジショニングをキープすることで、22億人に「こちらを向かせる」ことに成功し続けているわけです。

EU(ヨーロッパ連合)、ASEAN(東南アジア諸国連合)といった地域共同体については、日本でもよく報道され広く認識されていると思います。しかし、53カ国22億人の国民生活においては、イギリス・ロンドンが「事実上」の中心として機能していること、ネットワーク・インフラとしてのコモンウェルス構造が、これほどまでに巨大かつ一体感を有していること。また、その影響力の大きさは、私が日本にいた頃はなかなか見えにくかったように思います。

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▲パブリックビューイングでウィンブルドンの決勝を楽しむ人々。

2.カンニング

イギリスは世界中から積極的に優良事例をパクります。特に、コモンウェルスの中核国であり、制度や思考様式もよく似たニュージーランドやオーストラリアの政府では、先進的な取り組みが多く、よく参考にされています。
彼らが新しい施策を始めて成果を出すと、イギリスが素早くこれを分析してパクるまでのスピード感には目を見張るものがあります。例えば、インフレ・ターゲティング(インフレ率=物価上昇率の目標値を政府・中央銀行が設定して、市場介入などを行う)という金融政策をニュージーランドが1990年に世界で初めて導入しましたが、イギリスは1992年に取り入れました。また第3回で触れた「ナッジ政策」の導入も理論発表が2008年ですが、2010年には内閣府に担当部署が設置されました。日本では、なかなか信じられないスピード感ですよね。

また、このカンニングのスピードを維持する上で、アカデミズムもかなり重要な役割を果たしていると思います。私がかつて日本で大学院生をやっていた頃は、「比較~学」と名のつく一連の研究分野は、純粋にアカデミックな意味で、比べてみると理解が深まるから共通点や相違点をあれこれ議論しているのだ、と理解していました。
しかし、この1年ロンドンの大学で「比較~学」の授業をいくつか受講して課題論文を読んでいると、行政・経済分野では特に、イギリスがパクれそうなネタ、パクった後の評価分析が頻繁に取り上げられている印象を強く受けました。
加えて、あくまで私の勉強した経済学・政策学・行政学の範囲ではありますが、ニュージーランドとオーストラリアの他は、オランダやデンマークが比較対象として取り上げられがちな感があったのです。
これはおそらくイギリス(イングランド)の国家規模との近さと無関係ではないと思われます。イギリス内(特にロンドン)のアカデミズムは(オクスフォード・ケンブリッジに比べて)「実用性の高い研究」を行っている、というのは具体的にはこのようなカンニングの片棒を担いでいるということがあると思います。当然、政府や名門大学のポストや助成金とも連動しているのだろうと推察します。(ちなみに、オクスフォード・ケンブリッジは、莫大な不動産収入があるため、採算の立ちにくい哲学や基礎研究を積極的に行えます。)

もちろん、日本でも、政府主導による行政制度の比較研究は、非常にたくさん行われています。スウェーデンの社会保障やイギリスの公的機関の民営化を含む「ニュー・パブリック・マネジメント」に関する研究が、日本国内でも長らくたくさん発表されてきたことは、消費税増税や行政改革への準備と無関係ではありません。しかし「日本とは文化的背景や制度が大きく異なるので、是々非々」「継続的な検討が必要」というオチで締めくくられるものが大半です。研究成果が政府施策に2年以内に反映されるというスピード感は少し考えにくいものがあります。(導入が早ければ早いほど良いかは、分野によって異なるとは思いますが)

この点、ニュージーランドもオーストラリアも英領時代に移植したイギリスの諸制度を基盤としています。独立後は、人口の少なさや開拓者の気風があるからか、先進的な取り組みがどんどん独自に行われています。このように、似た国が外部で独自に運営され自己責任で試行錯誤をしてくれ、未来を教えてくれているということ自体が、イギリスの財産になっています。自分はチャレンジせずとも選択肢が出揃ってくるのです。不労所得のようなものです。まさに旧植民地のレガシー(遺産)と言えるでしょう。

なお、このレガシーの力がいかに大きいとは言え、政府方針の都合に合う研究を助成するというよりも、共通点が多い先進国から徹底的にパクっていくことに資する研究が活発であることには、大局的な合理性を感じます。

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▲水素燃料で走る路線バス。CO2を出しません。導入されていたと聞いていましたが、ついに見ることができました!

3.乗っかり上手

イギリス人は、パクるのに加えて、乗っかること、人にやらせるのも上手だと思います。もちろん個人の行動様式を、人種や国籍によって一概に分類するのは危険ですが、それでも大学のグループワークや遊びの中で観察される範囲では、少なくともイギリス人とドイツ人の間には、鮮やかな傾向の違いが見え、その関係性には着目するべき点があると思います。

まず、イギリス人(特に白人系)は自分から作業を申し出ることはほとんどしません。私の接したイギリス人たちは、分担を押し付け合う話し合いの際には、だいたい黙ってニコニコしており、最も緩くてテキトーなスタンスから、調子のいい相槌を打っています。方向性に関わるような提案はあまりしません。
金融や言語、評価基準など、スタンダードを押さえることに長けたアングロサクソンのイメージからすれば、率先して自分に最も都合の良い提案をして先手先手を打っていきそうなものですが、この点、意外に思いました。と同時に、顔つきからはアイディアが本当にないとは思えないところが不気味です。

そして、議論が進まず、埓があかないなあ、という空気が(南米系にすら!)漂い始め、提案や負担の申し出が始まると、イギリス人は、「いいね!じゃあそうしよう!」と自分に負担がないものであれば、即座に乗っかってきます。
そして、「やっぱり、提案者の彼(女)がそれをやるのが最適だと思う!」と、のたまうのです。言いだしっぺも、疲れていますし、早くここを立ち去って友達と遊びたいし、イメージも湧いている作業なので、引き受けます。

おおお。ズルい!ズルいのです。しかし、この作戦を実践できるのは、なかなか話が進まない時間が与えるストレスに強いからだと言えると思います。何が本当に面倒くさくて、何は実は面倒くさくないか。この場の議論が長引いても、負担を持ち帰らないで済む方が楽だという判断から動かないのです。合理的だと思いますし、それを可能にする忍耐力が素晴らしいです。

これに対してドイツ人は、ご想像の通り、定義をはっきりさせたり規則をきっちり守らせようとしたがります。そして、なにより、話がなかなか進まないことへのストレスには著しく弱いようです。個人差はあれ、一座で最も早くイライラし始めます。

彼等の苛立ちは日本人には多少理解できても、世界基準に照らすと、やや浮いて見えます。「あいつ、どうしたんだ?」と。そして、有能さを示したいのか、早くビールが飲みたいのか、たくさん提案します。
そして自分の提案の妥当さがすぐにわからない人(リアクションが遅い南米系や、とりあえずわかった振りをしがちのアジア系など)をやや小馬鹿にします。なので、即座に乗っかってくるイギリス人を、やはりお前は解ってるね、と歓迎します。そしてワンテンポ遅れがちな南米系を一瞥しつつ、日本人の方を、意外と心細げに見つめます。
ドイツ人が日本人にとって規律の意味を共有できる数少ない味方であるように、ドイツ人にとってもやはり、日本人は彼らの希少な理解者なのです。シゴトの水準や納期を守る点などで、世界でほぼ唯一、ドイツ基準でも信用できる人種だからでしょう。

というわけで、時間が経過するだけで、ドイツ人はイギリス人に追い込まれていくわけなのです。イライラ耐性の弱さからドイツ人の負担は大きくなり、日本人は唯一の味方であるドイツ人への共感からそれをサポートします。そして、総じてイギリス人の思うツボになっていく、という構造にあるのではないか、という洞察に至りました。

これは、私はなるべくネイティブと会話したいと思っていたので、グループワークの際に彼らの発話に注意を向けていたところ、特にイギリス人の発言は概して少ないなことに気がつき、なぜ少ないのかを考え始めたあたりから、そう思うようになりました。(ちなみにアメリカ人はだいたい大声で余計なジョークばかり言っています。笑わないとああ英語がわからないのか?とでも言いたげな顔をします。今、笑ってる場合じゃないからみんな無視しているのに。そして、やりたくない仕事を振られそうになると、自分ができない理由をたくさん述べるのですが、笑いも取ろうとするあまり、墓穴を掘って突っ込まれます。結局、さもそこを落としどころにしていたかのように取り繕いながら、引き受けていく可愛さがあります。この可愛さはイギリス人にはあまり見られません。)

さらに面白いのは、こうしたフリーライディングなイギリス人のパクス・ブリタニカを突き崩すのは、南米系だったりすることです。

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