宇野常寛より、新年のご挨拶(全文無料公開) | PLANETS/第二次惑星開発委員会

宇野常寛責任編集 PLANETS 政治からサブカルチャーまで。未来へのブループリント

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  • 2019.01.01
  • 宇野常寛

宇野常寛より、新年のご挨拶(全文無料公開)

2019年、明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
昨年、2018年はPLANETSというユニットにとって、たぶん年単位ではこれまでで一番大きな成果を残せた年だったと思っています。

落合陽一「デジタルネイチャー」のベストセラー化、3年ぶりとなる本誌「PLANETS vol.10」の刊行とその大きな反響、これらのクリエイションを支えるサポートチーム「PLANETS CLUB」の発足とその直後からのクラブメンバーの縦横無尽の大活躍……。

僕はビジネスにはほとんど興味のない人間で、自分たちがつくるものと、そのために力を貸してくれる人にしか興味がありません。だからこそ、今年は世に送り出せたものと出会えた人たちにとにかく「はずれ」がなく、それどころかどれも自信をもって世に問うことができて予想外の反響を得、そしてこの先も彼ら/彼女らとたくさんの物事をかたちにしていけそうな予感にあふれていた2018年は、こういってはなんですが本当に「いい年だった」と思っています。

あと、個人的にはいまPLANETSで活動しているスタッフたち――アラサーから20代前半の若い人たちがその中核ですが――が、とてもがんばってくれた1年だと思っています。スキル的にはまだまだ未熟なところもありますが、日々どんどん吸収して僕や副編集長の中川を支えてくれています。彼ら彼女らは、僕が以前仕事をしていた古い出版や放送の世界を知らないし、陰湿な論壇や文壇の人間関係のことにも興味はありません。学生の頃に僕らのつくるものを面白く読んでいてくれて、そして僕らがこれからやろうとしていることに参加したいと思ってくれた若い世代が、いまのPLANETSを支えてくれています。この若いチームから僕や中川にはできない、思いつかないコンテンツが生まれれくる日も、そう遠くないと思っています。

だからこそ、この2019年はもっといい年にしないといけない。そうじゃないと、この1年の思い出が「あの頃は良かった」という苦々しいものを伴ったものになってしまうし、何より、今年僕らに賭けてくれて、そして未来への予感を共有できた仲間たちを裏切ってしまう。僕はそう考えています。

「PLANETS vol.10」から「遅いインターネット」へ

逆にひとつだけ、心残りなことがあります。
それは僕が自分の40代の最大の仕事だと考えている「遅いインターネット」計画が少なくとも僕の思うようには進まなかったことです。
本来なら、この1月にはβ版的なブログサイト(つまり、本来目指すウェブマガジンの簡易版)を立ち上げるスケジュールで動いていました。実はこのスケジュールを実現すべく、PLANETS内ではチームを編成し毎日動いています。たしかに僕らには膨大なやりたいことのリストがあって、その優先順位をつけるだけでも大変です。しかし、問題の本質はたぶんそこにはない。
僕が「PLANETS vol.10」で仲間たち(乙武洋匡、村本大輔、ハリス鈴木絵美、古川健介、前田裕二、家入一真、箕輪康介、佐渡島庸平といった面々)と議論した結果得た結論は、「遅いインターネット」はただのいい記事が載っているウェブサイトではいけないということです。

いま、僕らの言葉は疲弊しています。
インターネットで発信力を得た読者の多くが(残念なことですが)、その力を「考える」ことではなく「考えない」ことに用いています。
Twitter村の「空気」を読んで「こいつは叩いてOK」というサインが出ている相手に石を投げてスッキリし、仕様を悪用して相手の意見の一部を抽出し前後のつながりを無視してさも自分が「批判できているかのように」見せかけてマウントを取る。
そうやって誰かの足を引っ張ることで実力不相応に肥大したプライドを慰めようとする。自分の能力に見合わない本に出会ったら「自分には難しい」という理由でアマゾンレビューに1点をつけ、自分に理解できないのは話者の説明能力が低いせいだと八つ当たりする。これが現在の「読者」の現実です。

では言葉を生む「話者」の側はどうか。こちらも残念ながら似たり寄ったりだと言わざるをえません。
ヘイトスピーチが出版不況下の「安牌」として定着し、ゴミ溜めのような場所になった出版社と本屋にウジ虫のような排外主義者や歴史修正主義者がたむろする。そしてそのヘイト本を出版する出版社の社員はヘイト本の稼ぎでボーナスを貰っているので最後まで自社のヘイト本を批判し切ることができず居酒屋で愚痴を反復するしかない。
あるいは女性差別への抵抗を主張するリベラルな文芸雑誌を束ねる文学者が勤務先の大学でセクハラもみ消しに加担し、失敗したTwitter文化人は自分たちのコミュニティがうまくいっていない腹いせに「(ブームに乗ってうまく言っているように見える)あいつらのサロンはダメだ」と風評を流し、誹謗中傷する。
それが平成の終わりの言論状況の悲しい現実です。

端的に、もうこの世界には何も残っていない。

僕の「遅いインターネット」計画は、この決定的な失敗を前提とした再出発のプロジェクトです。
僕らは言葉の送り手と受け手は、世界の変化についていけずに流されてしまった。いや、正確にはついて行けずにカビの生えた老廃物と化すか(文化系テクノフォビア)、流されて何も考えられなくなった(自己啓発系エコノミックアニマル)。
だからもう一回、時代の流れ(インターネット)と別の形で向き合ってみよう、それが僕の「遅いインターネット」計画です。

僕たちがもう一度、自分たちのペースで、しかし過去に後戻りすることなく時代と並走しながら考えられる場をつくること。
春を目標に「まったくあたらしいウェブマガジン」に向けて走っています。試行錯誤しながらにはなりますが、ちゃんと手応えのあるものをかたちにしたいと思っています。

「平成」の終わりに

そしてこの「遅いインターネット計画」は僕にとって、「平成」という不幸な時代との対決でもあります。
平成とは「失敗したプロジェクト」である。
以前新聞のインタビューに僕はそう答えました。
そのプロジェクトとは、グローバル化と情報化という世界史的な二つの大きな波を正しく受け止め、戦後の社会をアップデートすることです。しかしこのアップデートを担った「改革」は、完全に失敗に終わった。政治的には政権交代の可能な成熟した民主主義の構築、経済的には20世紀的な重工業から21世紀的な情報産業への転換、この2つのプロジェクトがともに失敗した結果いま、この国は2週遅れのとても「後ろ向きな」社会になってしまっている。
いま、誰もがインターネットで誰かの足を引っ張ることに夢中になっているのは、ほんとうに悲しいことだけれどそれくらいしか感情のやり場がないからではないか。僕はそう思います。

だから僕は物書きとして、メディアの人間として、まずは自分の領域でこの「失敗したプロジェクト」をやり直して、「成功したプロジェクト」にしたい。そう考えてはじめたのが「遅いインターネット」計画です。インターネットの時代の「言葉」との付き合い方を、僕らは間違えてしまった。そして間違えてしまったからこそ、別の方法での付き合い方が必要です。僕はそれを見つけたいと思っています。インターネットは、誰かの失敗を無関係な第三者が捌いてスッキリするためにあるわけでもなければ、自分よりうまくいっているオンラインサロンを中傷して足を引っ張る場所でもない。それは僕らが書きながら読む、走りながら考えるための場であるはずです。そんなインターネット本来の可能性を取り戻す。それが僕の「遅いインターネット」計画です。

「遅いインターネット計画」とは?

「遅いインターネット」から「PLANETS BASE」へ

最後に「PLANETSの2019年にやりたいこと」について簡単に紹介させて下さい。

2019年のPLANTETSは大きく2つのことに挑戦したいと思っています。
一つは、これまで通り「遅いインターネット」計画の実現です。
僕らの知的生産の中核をなすウェブマガジンを今春のリリースに向けて動いています。

そしてもう一つは「PLANETS BASE」(仮)と名付けているのですが、東京にコミュニティースペース兼本屋さんをオープンできたらと思っています。年末の大忘年会@ヒカリエで、箕輪さん、佐渡島さんと話していたあの施設です。

言論界に限らず、これまでこの国の社会では陰険な「飲み会文化」がはびこってきました。
自分たちの支持者を集め、敵対する、やっかんでいる同業者の悪口を吹き込んで洗脳する。その場にいない人間を欠席裁判にすることで、内側にいる人間の結束を固める。そんなコミュニティなんて、いくらつくっても意味はありません。

PLANETS CLUB の発足の背景には、こういう陰湿な「飲み会」コミュニティへの反発が大きく存在します。
否定ではなく、肯定を語る場所。誰かの足を引っ張るのではなく、自分が動くための場所。適度にクローズで、適度にオープンであり、そしていつでも好きなときに加入してそして辞められる場所。それでいて能動的にコミットすればいつでも主役になれる場所が、いま求められているのだと思います。

そしてこうした新しいコミュニティの受け皿としての実空間をもつことが、今の僕の目標のひとつです。
そこは僕らが厳選した本に出会える本屋であり、読者のコミュニティの中核となるイベントスペースであり、そして僕らがテキスト以外の「モノ」「コト」を通じてメッセージを伝える場所になるべきだと考えています。

もちろん、年末に考え始めたことなので19年内に実現できるかどうかは分かりません。しかし、PLANETS CLUBの使命が飲み会と欠席裁判に依存するもの「ではない」コミュニティの実現なら、PLANETS BASEはそんなコミュニティを全世界に拡大するための前線基地だと僕は考えています。

ノンアルコールで24時間楽しむことができる場所に、平日の昼間とか、仕事終わりが楽しみになる場所にしたいと思っています。

2019年のPLANETS

この2つ以外にも、PLANETSはたくさんの物事を発信していければと思っています。

本ですが、まず「PLANETS vol.11」は夏から秋に刊行予定です。テーマは「都市(と国家)」あるいは「都市(と地方)」で考えています。グローバル化とは「国境がなくなる」ことではなく「都市のネットワークが国境を超える」ことです。国民国家はばらばらのものをまとめて閉じるためのものですが、都市は定義的に開かれたものです。グローバル化という不可避の変化に対して、そのポジティブな側面を最大化するための知恵を(そして弊害を乗り越えるための知恵を)国家ではなく都市に水準することで考えたいというのが今の所の構想です。

その他、単行本では猪子寿之「人類を前に進めたい」、古川健介「TOKYO INTERNET」、石岡良治「現代アニメ超講義(仮)」などの刊行を計画しています。どれも、他の出版社の2倍以上の手間ひまをかけて作り上げる本です。限られた流通で、決して手に入れやすい本ではないですが、どれもみなさんの世界を広げてくれる本になると思います。

あと、丸若裕俊さんとはそれに加えて、ちょっと変わったプロジェクトを考えています。そちらはまだ秘密です。でも、いまからワクワクしています。

PLANETSの中心であるPLANETSチャンネルのメールマガジンについては1月から、大型連載をはじめます。まずは與那覇潤さんの「平成史」。與那覇さんはここ数年体調の関係であまり文章のお仕事はされていなかったのですが、この連載をきっかけに在野の同時代史家として健筆を振るっていただけるのではないかと思っています。そして友人として、こうして彼とまた仕事ができることが僕はとてもとても、嬉しいです。

また1月からは「PLANETS vol.10」でのインタビューが大反響を呼んだロボットアーティスト近藤那央さんの連載「ネオアニマ」がはじまります。ほかにも、福嶋亮大さん、草野絵美さんの新連載を企画しています。そして春からは落合陽一「マタギドライブ」の連載がはじまる……予定です。

インターネット番組については、現在のプログラムを見直して、ちょっとしたリニューアルをかけるつもりです。大幅には変えませんが、少し企画を絞って、1回1回のクオリティを限界まで上げたいと考えています。
新番組についても、やりたいことは山のようにあります。
映画や音楽のシーンを再設定するような若いプレイヤーの活躍する番組もやりたいし、現行の「NewsX」の延長線上にある時事解説番組の決定版ももっと大きな予算でやってみたい。そして、形骸化して久しい「朝生」的な討論番組を上書きできるようなまったくあたらしい討論番組にもチャレンジしてみたいと思っています。

イベントについては2019年も渋谷ヒカリエのシンポジウム「渋谷セカンドステージ」を年4回開催します。教育、地方創生、そしてオリンピックなど今からたくさんの企画が動いています。こちらも楽しみに待っていてください。

それでは、2019年もPLANETSをよろしくお願いします。
僕らに賭けてくれたぶん、絶対に世界を面白くしてみせます。

2019年1月1日
宇野常寛