本日発売!『ものづくり2.0――メイカーズムーブメントの日本的展開』宇野常寛による書き下ろしの「まえがき」を無料配信します!
本日7/10に発売となる、宇野常寛(編著)の新刊『ものづくり2.0:メイカーズムーブメントの日本的展開』。本メルマガで約1年半にわたってお届けしてきた、「新しいものづくり」の最前線で活躍するプレイヤーたちへのインタビューが1冊の本にまとまります。
今日はその刊行を記念し、カルチャーの批評家である宇野常寛がなぜいま「ものづくり」に注目するのか――その理由を語った「まえがき」を無料配信します。
少し前にインターネット上で『ドラえもん』のあるエピソードが話題になった。それは少年少女の大冒険を描く大長編のエピソードでもなければ、のび太の成長を描くハートフルなエピソードでもなかった。そこで注目を集めていたのは、1話完結のギャグマンガとしての『ドラえもん』の1エピソードだった。いつものように怠惰で貪欲な小学生であるのび太少年が、極めて即物的な欲望を叶えるためにドラえもんに泣きつく。ドラえもん、あんなことがしたい(でも出来ない)、こんなことがしたい(でも出来ない)、だから(自分では努力したくないので)なんとかしてよ、と。そしてドラえもんはポケットの中をまさぐる。仕方ないなとぼやきながら。しかし自分が今から取り出すモノが、道具が、確実に目の前の少年に希望を与えることを確信しながら。
そしてドラえもんが取り出したのはなんの変哲もない、ただの四角い箱だった。「オコノミボックス」と名づけられたそれには、小さなマイクが付属している。これを一体何に使うのかと不思議がるのび太を前に、ドラえもんは「オコノミボックス」に命令する。「カメラになあれ」と。すると、その四角い箱は高性能のインスタントカメラとして機能するようになる。「プレイヤーになあれ」と命令するとレコードプレイヤーに、「テレビになあれ」と命じるとテレビになる。このエピソードを藤子・F・不二雄が描いたのは20世紀後半のことだが、21世紀を生きる私たちは、すでにこの「オコノミボックス」がスティーブ・ジョブズによって実現し、世界中に普及していることを知っている。そう、藤子・F・不二雄は1970年代後半に、すでにスマートフォンの出現を、その作品をとおして予期していたのだ!
しかし藤子が「オコノミボックス」を構想してから30年あまり、この国の「ものづくり」の風景は大きく変化した。ジャパン・アズ・ナンバーワンと言われていた頃、まさに「オコノミボックス」のようなものは、日本人が世に問うべきもののはずだった。トランジスタラジオを、ウォークマンを生んだ日本のものづくりがその夢を担うべきだと考えられていた。戦後の高度成長と、その後の消費社会を牽引した製造業は大きく衰退した。松下電器は変貌し、ソニーは斜陽を迎え、そして日本人は夢と自信を失っていった。
『ドラえもん』の「オコノミボックス」のエピソードがネットを賑わせていた頃、ちょうど映画館では『ドラえもん』の3Dアニメーション映画が大ヒットしていた。明らかに中高年向けにチューニングされた21世紀の『ドラえもん』からは、ごっそり「ものづくりの夢」が消え失せていた。映画はのび太少年の成長物語を中心に再構成され、ヒロインのしずかちゃんとの結婚が彼の人生の目標に設定された。ドラえもんがポケットから出すさまざまなひみつ道具は、のび太の人間的成長を促すための、はっきり言ってしまえば説教くさいお涙頂戴のエピソードを効果的に演出するための小道具にすぎず、物語の中心からは退場させられていた。そこから「こんなこといいな、できたらいいな」という、少年の科学への「夢」の要素は大きく失われていた(そして、このフレーズで知られるテレビアニメ版の主題歌も採用されなかった)。
そう、『ドラえもん』が夢を語ることが出来たのは、のび太が成長しないからだった。怠惰で、わがままで、他人任せな、そしてそのダメさこそが愛すべき優しさでもあるような──まるで戦後日本の似姿のような──のび太少年が人間的に成長しないからこそ、ドラえもんは毎週彼の「こんなこといいな、できたらいいな」という欲望を叶えるための道具を、そのポケットから出す必要があったのだ。
そして21世紀の現在、日本人はものづくりへの夢を失い、のび太のハートフルな成長物語に改変されて科学への夢を失った『ドラえもん』が大衆の支持を集めている。けれど、私たちが少年の日に胸を弾ませた『ドラえもん』は、自分のことが大好きな中学教師がうっとりと生徒に語る道徳の授業のようなものとはむしろ対極にあったはずなのだ。科学の力が、モノの力が、僕たちの夢を、欲望を叶え、そして新しい世界への冒険に連れ出してくれる──それが『ドラえもん』であり、日本のものづくりの力だったのではないだろうか。
もしかしたら小賢しい大人たちは、こう言うかもしれない。それはそうかもしれないが、しかし──と。そうかもしれないが、しかしこの国のものづくりがこれだけ荒廃している今、『ドラえもん』が描くべきものづくりの夢はどこにあるのか、と。
しかし、それは大きな勘違いだ。むしろ現実に起こっていることは、その逆なのだ。あなたがもし、ものづくりの夢を戦後日本の高度成長期のような、家族的会社共同体の物語と結びついた成功譚とイコールだと思っているのなら、確かにこの国のどこにもものづくりの夢など存在しない。
しかし、時代は変わった。ものづくりの主役はもはやこうした戦後の製造業を担った大企業とは限らない。島耕作が人生を賭けた大手電器メーカーでもなければ、『ALWAYS 三丁目の夕日』で描かれたような下町の町工場でもない。個人を単位としたもっと小さな、しかし巨大なうねりが、いま世界中のものづくりの世界を動かしているのだ。
メイカーズムーブメント──それは、社会の情報化がもたらした〝第三の産業革命〟である。
もはやものづくりは、20世紀の人類の想像力を超えたレベルで個人化されている。必要な部品もソフトウェアも、自宅にいながらクリック一つで手に入る。そして3Dプリンタやレーザーカッターを用いれば、製品そのものをその場で組み上げることも夢ではない。そして出来上がった製品は、やはりインターネットを通じてクリック一つで世界中に売りさばくことが出来る。個人の脳内に閃いたアイデアが、世界中の市場で流通する商品になるまでの距離は、いま恐るべき速度で縮まろうとしているのだ。初期のインターネットが文章や音楽、映像といったものを誰もが扱えるものに大衆化したように、世界中の誰もが「モノ」をつくり出すことが出来る世界は、すでに実現し始めている。
そう、戦後の、昭和の日本人たちがいつの間にか失っていたものづくりへの夢は、いま意外な場所に意外な形で再生しようとしているのだ。
ただ、誤解しないでほしい。この本はこうした日本におけるメイカーズムーブメントの実像を紹介することが目的の一冊というわけではない。もちろん、そういった側面もあるのだけど、僕がこの一冊をとおして考えたかったのはもう少し別のことだ。
それは言ってみれば、なぜ日本は本当に「オコノミボックス」をつくり出すことが出来なかったのか、ソニーがiPhoneをつくることが出来なかったのか、という問いへの回答を探すことだ。なぜ日本人はものづくりへの想像力を失ってしまったのか、『ドラえもん』は科学への夢を失ってしまったのか、その答えを見つけることだ。そしてそれを取り戻すための手掛かりを、若いものづくりの担い手たちと話し合うことで探し出そうとしたのがこの本だ。
20世紀的な工業社会がその内部から徐々に変化しつつある今、モノの社会や文化に対する作用もまた大きく変化しつつある。自動車が、冷蔵庫が、カラーテレビが社会を変えたように、これからもモノは市場を通じて社会を変えていくだろうが、こうした運動が発生するメカニズムは大きく変化しつつある。そして僕は、日本のものづくりはメイカーズムーブメントが象徴する、こうした「人間とモノ」との関係の変化に鈍感だったために、その夢を失ってしまったのではないかと考えている。だからその夢を取り戻すために、僕は彼らのところに出かけて行って議論することにしたのだ。
この本には自動車から「トランスフォーマー」まで、実にさまざまなものづくりの担い手たちが登場する。彼らはまさに日本におけるメイカーズムーブメントの中心にいる人々であり、そして情報化によって大きく変化しつつある「人間とモノ」との関係に深い洞察をもつ人々だ。
川口盛之助氏は、日本のものづくり文化に対して長年取材を続けてきたジャーナリストである。ものづくりを巡る現状の整理と問題意識の共有のため、氏のインタビューをプロローグとして収録した。
続いて登場する小笠原治氏はDMM.make AKIBAという、日本におけるメイカーズムーブメントの拠点を立ち上げた〝ゲームメイカー〟だ。僕が小笠原氏と交流をもち始めた頃、氏は密かにこの拠点を準備していた。いま思うと、彼は僕の最初のインタビューを受けながら、僕と読者に対して、今にあっと言わせてやると思っていたに違いない。実際、氏はそれから約半年後にDMM.make AKIBAをメイカーズを対象としたシェアオフィスとしてオープンさせ、日本のものづくりの世界に衝撃を与えた。大手メーカー顔負けの製造設備をもつこのシェアオフィスに、(本書に登場するメイカーズを含む)全国から選りすぐりのプレイヤーが集結していった。今や、同所は日本のものづくりの梁山泊と化している。
田子學氏は東芝の家電デザイナーからそのキャリアをスタートし、「デザインマネジメント」の旗手となった人物だ。プロダクトデザインのノウハウをマネジメントに応用する、その発想の根底にある「モノという言語」の現在について議論した。モノをデザインするように、いやモノのデザインを通じて組織や市場のコミュニケーションをデザインする田子氏のような存在とメイカーズムーブメントは、いずれも情報化によって変化した「人間とモノ」との関係を背景に発生した運動として双子の関係だと言える。
筋電義手「handiii(ハンディ)」を開発したexiii(イクシー)の若い三人のエンジニアとの対話が、まさにこの二つの問題の交差点に発生していると言えるだろう。メイカーズムーブメントはつくり手にとってだけでなく受け手にとっても、ものづくりの個人化である。義手というオーダーメイドでしかあり得ないものの最前線を考えることで、一連の議論の焦点がどこにあるのか浮き彫りになるはずだ。
そして、日本版メイカーズムーブメントを代表する家電ベンチャー・Cerevo(セレボ)の岩佐琢磨氏には、プレイヤーとして一連のムーブメントの流れを、個人の来歴と重ね合わせる形で語ってもらった。戦後のものづくりが色あせ、何度かのベンチャーブームが起こって、そしてものづくりが新しい夢を見始めるまでの(失われた?)20年の歴史を、僕たちは岩佐氏と一緒に振り返ることになるだろう。
最後に収められた2章では、僕が一連の取材で辿り着いた一つの結論のようなものが語られている。まず、日本を代表するカーデザイナー、いや、もはやその仕事と存在感はカーデザイナーの域を超えているプロダクトデザイナー・根津孝太氏との、知育玩具レゴを巡る対話だ(根津氏は有名なレゴフリークでもある)。一連の対談の中では明らかに異色であり、一見半ば僕の趣味のような話題に終始しているかに見えるかもしれないが、一読すればこの対談の重要性には気づいてもらえるはずだ。この短い対談から僕が持ち帰ったものは計り知れない。
そして最後に登場する「トランスフォーマー」のデザイナー・大西裕弥氏は、根津氏より一世代若いプロダクトデザイナーだ(ものづくりの世界には、家電とおもちゃ、実車とミニカーの区別はない)。彼が今、なぜ「トランスフォーマー」をつくろうとしているのか。その思いからはきっと、日本のものづくりが失ってしまったものが再生しつつある手触りを感じることが出来るはずだ。
藤子・F・不二雄が70年代後半に構想した「オコノミボックス」は、カメラやテレビだけではなく、冷蔵庫やヒーターにも、洗濯機にも変化する。そう、スティーブ・ジョブズがiPhoneで実現したのは、藤子の構想のほんの一部にすぎないのだ。「こんなこといいな、できたらいいな」という夢は、僕らが実現すべき夢は、まだたくさん残っている。そして、それを実現すべく手を動かしている若く野心的なプレイヤーたちもまた、すでに活動を始めているのだ。
(この続きは、『ものづくり2.0:メイカーズムーブメントの日本的展開』で!)
▲宇野常寛(編著), 岩佐 琢磨 (著), 大西 裕弥 (著), 小笠原 治 (著), 川口 盛之助 (著), 小西 哲哉 (著), 近藤 玄大 (著), 田子 學 (著), 根津 孝太 (著), 山浦 博志 (著)
『ものづくり2.0:メイカーズムーブメントの日本的展開』(紙書籍版(KADOKAWA)/電子版(PLANETS)同時発売)
【内容紹介】
かつてトランジスタラジオをつくり、ウォークマンをつくって
人々の夢を形にしてきた日本の「ものづくり」は、
なぜ世界的な影響力を失ってしまったのか。
そのような問いや憂いの一方で、
ものづくりが叶える夢の担い手は大企業から「個人」へと交代し
世界規模で急速に影響力を増しつつある。
それは「メイカーズムーブメント」。
社会の情報化がもたらした“第三の産業革命”とも呼ばれるこの運動は、
誰もがネットを通じて部品を調達して組み上げ、
世界中に売ることが出来るようになったものづくりの「変革」を意味している。
もちろん日本も例外ではない。ものづくりの新世界において、
今こそ日本のものづくりを「再生」しつつあるその開拓者たちとの、未来への対話集。
1 川口盛之助
ガラパゴス家電は軍事産業の「禁止」が生んだ
──経営コンサルタント・川口盛之助が語る日本的ものづくりの過去と未来
2 小笠原治 Part A
3Dプリンタは最後の1ピースでしかない
──nomad代表・小笠原治が語る「つまらない」インターネットからものづくりへ
3 田子學
なぜデザインはマネジメントの武器になるのか
──『デザインマネジメント』著者・田子學が語る「市場のつくり方」
4 小西哲哉 近藤玄大 山浦博志
義手であることがプラスになる
──exiii創設者たちが語る筋電義手「handiii」の今後
5 岩佐琢磨
「グローバルニッチ」の原点はゲーマー時代にあり!?
──Cerevo・岩佐琢磨が語るメイカーズムーブメントの現在
6 小笠原治 Part B
過剰を抱えた人間のためのフロンティア
──DMM.makeプロデューサー・小笠原治が仕掛けるこれからのものづくりと「本当の」インターネット
7 特別対談・根津孝太×宇野常寛
レゴとは、現実よりもリアルなブロックである
8 大西裕弥
ロストエイジを生き延びた、日本的ものづくりを継ぎし者
──デザイナー・大西裕弥が語る三次元の美学
紙書籍版(KADOKAWA)/電子版(PLANETS)同時発売!
ご購入はこちらhttp://bit.ly/monozukuri20から。