宇野常寛責任編集 PLANETS 政治からサブカルチャーまで。未来へのブループリント

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  • 2015.06.12

四十路男の『セーラームーン』(稲田豊史『セーラームーン世代の社会論』発刊記念コラム)

PLANETSの書籍『あまちゃんメモリーズ』や『PLANETS Vol.9』の編集スタッフであり、『ヤンキーマンガガイドブック』(DU BOOKS)や『ヒーロー、ヒロインはこうして生まれる アニメ・特撮脚本術』(朝日新聞出版)といった編著もある稲田豊史さんが、アラサー女子論をテーマに初の単著を刊行しています。今回は、御年40歳の筆者が『セーラームーン』放送当時、この女児向け作品とどう向き合っていたかを追想します。
 
セーラームーン世代の社会論
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前回記事:セーラームーン世代の女子を考えるための2本の映画(稲田豊史)
 
 

隠れキリシタンのように

 
 『美少女戦士セーラームーン』の放映スタートは1992年3月である。放送第1回からチェックしていた筆者は、当時高校2年生。しかし、武内直子による原作マンガが少女誌「なかよし」に連載されていたことからも明らかなように、自分は十中八九、製作者側が当初求めていたメインターゲットではない。いわゆる「大きいお友達枠」というやつである。当時筆者の傍らには、硬派なアニメ青年御用達の月刊誌「アニメージュ」があった。
 当時『セーラームーン』を見ていることは誰にも言えなかった。92年と言えば、「東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件」、いわゆる宮崎勤ショックから3年も経っておらず、「アニメ好きの男=異常者」「美少女が出てくるアニメ好きの男=犯罪者」というレッテル貼りが、ごく普通にまかり通っていたからだ。これは全然オーバーな話ではない。少なくとも、筆者が通っていた愛知県内の進学高校(共学)においては。
 もし教室で「稲田はセーラー服を来た女子中学生が活躍する女児向けアニメを毎週楽しみに見ている」ことが女子の耳に入ったら、大変なことになる。総スカンは必至だ。一応、以前から教室内で「稲田はアニメとかが好きな奴」というキャラクター認知はされていたものの、それは「宮崎アニメって批評に値するよね」的な、気取った教養主義的サブカルアティテュード範囲内の話。「美少女戦士」で理論武装は不可能だ。
 地元ビデオレンタル店のアニメコーナーに立ち入るのにも、相当な勇気が必要だった時代である。新作コーナーに面陳列してあるジブリ作品『おもひでぽろぽろ』あたりならまだしも、通路1本奥の旧作アニメコーナーで『プロジェクトA子』や『メガゾーン23』を借りるのは、アダルトコーナーに立ち入る以上の覚悟を決めねばならなかったのだ。
 アダルトコーナーに滞在しているのを中学時代の同級生に目撃されたとしても、校区内カーストはむしろ上がるが(エロい奴=ヤンキー=偉い)、アニメコーナーで商品を吟味しているのを目撃されたら、2年後の成人式で後ろ指をさされるのは目に見えている(繰り返すが、オーバーな話ではない)。
 このような社会的破滅を回避するため、『セーラームーン』を毎週見ていることは自分の中でトップシークレットだった。まるで隠れキリシタンのごとき受難のはじまりである。
 余談だが、今回セーラームーンをテーマにした書籍を刊行するにあたって、それを知った父親(71歳)から以下のようなメールをもらった(原文ママ)。
 

「セーラームーン」は知ってはいたが、残念ながらそのアニメを見たことがない。(略)しかし、君がここまで「美少女戦士セーラームーン」に入れ込んでいたとは知らなかった。もっぱら「ドラえもん」と思っていたのだが、親とはいえ、子供のことをすべて掌握はできていない。

 
 引退後20年経ってから親バレしたAV女優の気分である。
 
 

SMTV

 93年4月(2年目の『セーラームーンR』放映開始の頃)に大学進学のため上京しても、すぐ辞めたアウトドアサークルの新歓コンパでセラムン(あまり好きではないがこのような略称が存在した)好きを告解するのは憚られた。
 93年当時ですら、日本ではアニメがまだ本当の意味で“文化”としての市民権を得ていなかったのだ。アニメが“文化”として認められるには、1995年の東京ファンタスティック映画祭(『攻殻機動隊 GHOST IN THE SHELL』『MEMORIES』『マクロスプラス』が上映)や、『新世紀エヴァンゲリオン』に対する非アニメ誌(「スタジオボイス」「ユリイカ」等)の評論的アプローチ(96年以降)を待たねばならなかったのだ。
 「ジャパニメーション」という言葉で、マスコミがアニメを「さも素晴らしいもの」のように語り出すまでには、まだ2年以上の歳月を要した。その間の筆者はといえば、次回予告の絵柄だけで作画監督を9割方当てられるまでにセーラームーン信仰が深まり、クレーンゲームの景品だったセーラー戦士たちのSD人形を、マリア像の如くせっせと集め続けていたのである。
 ちなみに大学時代は『セーラームーン』をVHSテープに標準モードで録画し、保存していた。テープは瞬く間に増えていったが、背ラベルにはっきり「セーラームーン」と書けば、ワンルームの下宿を訪れた友人にバレてしまう。もちろん見えない場所に隠せばいいのだが、それでは信仰を放棄する行為にも等しい。月に代わってお仕置きされてしまう。
 江戸時代のある隠れキリシタンは、一見して普通の仏像の裏面に十字架を忍ばせていたという。ゆえに筆者もそれに倣い(というわけでもないが)、偽装目的で背ラベルに「SMTV」と書きナンバリングして棚差ししていた。「SM」は「セーラームーン」の略のつもりである。ところが、ある日訪れたバイト仲間の友人に誤解されてしまう。「SM」だけに、違う“お仕置き”が収録されているビデオだと勘違いしたのである。まあ、当然か。
 ちなみに『劇場版 美少女戦士セーラームーンR』(93年公開)のレンタル版をダビングしたVHSの背ラベルには「SM-MOVIE」と記載していたので、日活ロマンポルノ的な何かに思われた可能性もある。それはそれで、昭和のシネフィル感・サブカル感が醸し出せて良かったのかもしれない。
 
 

三石琴乃と俺

 
 当時の『セーラームーン』を語る上で外せないのが、ヒロイン月野うさぎ役をあてた声優・三石琴乃だ。三石はこの役で一躍声優界のスターダムにのし上がるが、当時ラジオかなにかで「声優になる前にサンシャイン60のエレベーターガールをやっていた」という情報をゲットした筆者は、いたく興奮したのを覚えている。なぜなら、中学3年の修学旅行でサンシャイン60に登っていたからだ。「あの時、中坊の我々に微笑んでくれたのは三石琴乃だったかもしれない。そういえば声がうさぎちゃんだったような気がする。むしろ三石琴乃じゃないはずがない!」
 そんな自己催眠も虚しく、筆者が修学旅行に行った年には既に三石はOLになっており、声優養成所にも通っていたことが、後に判明するのだった。Wikipediaがない時代の、オッサンの残念な昔話である。
 三石関連でいま考えてもすごいと思うのが、天真爛漫な女児向けスーパーヒロインの声をあてていたのと同時期に、『新世紀エヴァンゲリオン』の葛城ミサト役で濡れ場を演じていたことである(第弐拾話「心のかたち 人のかたち」1996年2月14日放送)。
 この事件、当時を知る古参アニメファンにはもはや常識だが、深夜帯でもない水曜夕方6時半の全国放送枠で、こともあろうにうさぎちゃんの、否、ミサトさんのピロートークとエロ喘ぎ声が全国に響き渡ったのである。当時、放映局であるテレビ東京宛ての苦情電話が鳴り止まなかったとか、テレ東の担当者が異動になったという都市伝説じみた噂まで広まった。
 1996年2月といえば、4年目の『美少女戦士セーラームーンSuperS』放映まっただ中。なんというか、『おかあさんといっしょ』のうたのおねえさんが、その夜に『ギルガメッシュないと』でTバックを「サービス、サービスぅ〜」するようなものか。
 ゲスいついでに言うと、三石は『セーラームーン』放映開始の前年、『新世紀GPXサイバーフォーミュラ』(91年放映)でヒロインの菅生あすか役を演じているが、あすかはその後制作されたOVAシリーズで何度かヌードシーンを披露している(←若い三石ファンのために付記しました)。
 なお、三石は2005年にアニメ『ドラえもん』が声優リニューアルした際、のび太のママ役を獲得している。これは筆者が大学時代に、学校非公認の「ドラえもん同好会」を立ち上げて会長を務めたことと何か深い因縁があるのかもしれない。むしろ因縁がないはずがない!
 なお、父親からのメールの後半は以下のようなものだった。
 

(本の中で)のび太やナウシカも引き合いに出しているところを見ると、こちらへの肩入れも大きいと見た。君のことだから「ドラえもん」が先かと思ったが意外。得意の「ドラえもん」も視野に入っているのかとも思えるが、もしそうなら焦らずじっくり構想を練られよ。

 
 70年以上も生きてきた先達の意見には耳を傾けるのが人の道というものだ。ぜひとも「ほぼ日刊惑星開発委員会」あたりに、「ドラえもん」をテーマとした2冊目の単行本企画を売り込んでいきたい所存である。

(筆者による本格的な『セーラームーン』評論を読みたい方は、ぜひ『セーラームーン世代の社会論』をお手に取ってみてください!)

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