宇野常寛責任編集 PLANETS 政治からサブカルチャーまで。未来へのブループリント

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  • 2018.09.27
  • 映画,枝優花

【インタビュー】枝優花 日本映画は生き延びうるか――『少女邂逅』とポスト平成の映像クリエイション(前編)

今朝のメルマガは、映画監督・枝優花さんのインタビューです。24歳にして新進の映像作家として注目を集める枝さん。2017年公開の映画『少女邂逅』は若い世代の支持を集め、香港映画祭への異例の出品を果たしました。インタビューの前編では、枝さんが映画監督としてデビューするまでの経緯や、『少女邂逅』の撮影時の苦労について、お話を伺いました。(構成:米澤直史/菊池俊輔)。

▼作品紹介
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『少女邂逅』
監督・脚本・編集:枝優花
主演:保紫萌香、モトーラ世理奈
あらすじ:いじめをきかっけに声が出なくなった小原ミユリ(保紫萌香)。自己主張もできず、周囲にSOSを発信するためのリストカットをする勇気もない。そんなミユリの唯一の友達は、山の中で拾った蚕。ミユリは蚕に「紬(ツムギ)」と名付け、こっそり大切に飼っていた。「君は私が困っていたら助けてくれるよね、ツムギ」この窮屈で息が詰まるような現実から、いつか誰かがやってきて救い出してくれる――とミユリはいつも願っていた。
ある日いじめっ子の清水に蚕の存在がバレ、捨てられてしまう。唯一の友達を失ったミユリは絶望する。その次の日、ミユリの通う学校に「富田紬(つむぎ)」という少女(モトーラ世理奈)が転校してくる――。


▲『少女邂逅』予告編
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『少女邂逅』はどのように作られたのか

――『少女邂逅』のお話に入る前に、まずは映画監督を志されたきっかけからお伺いしてもよろしいでしょうか?

 私は地元が群馬県なんですが、中高生の頃に役者ってほどではないのですが、ちょこっとだけお芝居を習っていて。そのとき「自分に芝居は向いていないな」と思ったんですが、映画はずっと好きだったので、何か映画に関わりたいということは悶々と思い続けていました。
それで、とりあえず進学を東京の大学にしましたが、まだ監督になりたいとは思っていなくて。新入生の頃に映画サークルで映画を作る機会があったのですが、そのときも「レフ板持ちます!」とか言ってました。
そんなとき、私の班の監督が撮影の一週間前に逃げてしまって(笑)。撮影日時とロケ地だけが決まっていて、脚本もないような状態から、残ったメンバーで必死に撮ろうとしたんです。そのとき、0から1を作るときは集団で考えてもいいものは生まれないことに気づいて、それで「私が監督をやります」と手を挙げたのが始まりです。
ただ、始めてみたはいいものの、映画の作り方なんて全く知らなかったので、最初は本当に手探りの状態でした。映像ソフトも監督になって初めて触ったくらいです。そのときに、すごくサポートしてくれた先輩がいて。いまはNHKでディレクターをやっている方なんですが、何も知らない私に「才能あるよ」って言ってくれて、褒めてくれる人もいるんだ……っていう。
それからも大学のサークルでいくつか映画を制作したのですが、自主制作をしていても、プロとして映画の仕事に就けるわけではないことに気付き始めて、とにかく映像に関することは何でもしらみつぶしにやりました。配給の仕事をしながら、CMの撮影の手伝いをしてみたり……様々な現場で勉強しました。でも、やっぱり映画の制作が一番難しいんです。関わる人数はCMやMVの比じゃないほど多いし、仲間とモノ作りをしている実感を一番感じられて。それで就職活動をせずに映画業界に飛び込もうと決めました。
ただ、両親からは映画業界に進むことを反対されていました。いまいち分かりにくい業界ですし、普通に定職について欲しかったんだと思います。そんな両親をはぐらかしつつも、確かに私が親だったとしても、まだ何者でもない子どもを映画業界に送り込むことはできないなと思ったので、両親を納得させるために何か賞を獲らないといけないと感じていました。
そんなときに早稲田映画まつりを通して、松居大悟監督や三浦大輔監督に気に入ってもらえて、そこで初めて両親に理解してもらえると思えたし、自分自身やっていけるかもという自信を得ることができました。

――映画監督として、強く影響を受けた作品はありますか?

 14歳の頃に一番最初に観た岩井俊二監督作品『リリイシュシュのすべて』です。ただ、上京してからは、映画をたくさん観ている先輩が周りに増えて、映画館で映画を観る体験もグッと身近になったので、そこからはアジア映画を積極的に観始めました。特にポン・ジュノ監督からは刺激をもらっています。

――岩井監督やポン・ジュノ監督の作品の、どのような部分に惹かれたのでしょうか?

 岩井監督の作品は、よくわからないけれどショックを受けたり、脳裏に焼きつくようなものが多く、そういう感覚的なところにヒントをもらいました。映画を撮り始めてから、岩井さんの映像は感覚的ではないということがわかってきたんですけどね。とにかく、それまで観てきたテレビドラマやハリウッド超大作のようなエンタメ作品の「楽しかった!」とは違う感覚があって。「わざわざDVDを借りて観たのに『わからない』って意味がわからない、なんて不親切なんだろう」とは思ったんですけれど、とにかく感覚的に好きな作品が岩井監督には多かったです。今でも、自分が視覚的に好きなものを自覚するために、岩井さんの映像はたびたび見返しています。
それに対してポン・ジュノ監督は、映画を作りはじめてからその凄さに気づいて、絵コンテの制作段階から計算し尽くされているであろう構成力に惹かれました。あの構成は現場でポンと思いつくことは不可能なので、事前に相当考えているんだと思います。あと、ポン・ジュノ監督の作品には、必ず社会風刺的なテーマが含まれていることが、個人的にはとても好きです。日本でこういう映画を撮れる方は少ない気がします。かなりカルチャーショックを受けて一気見した記憶があります。

――確かに『少女邂逅』には、岩井監督の『リリイシュシュのすべて』や『花とアリス』を思わせるシーンがいくつもありました。

 観てくださった方からはよく言われます。ただ、スタッフとは「ここまで言われるとは思っていなかったね」と話していて。
私たちが目指していたのは岩井さんというよりも、岩井作品の映像を撮っていた篠田昇さんという撮影監督の方でした。2004年以前の、いわゆる「岩井カラー」と世間で認知されている映像は、岩井監督と篠田昇さんの相性で出来上がっていたもので、岩井さんの良い意味で地に足がついていない雰囲気を壊すことなくプラスαの魅力を生み出していた篠田さんのような映像を目指せたらと思っていました。『少女邂逅』のストーリーも岩井映画のようにどこかフワフワしているので、三脚を使ってカメラを固定して撮るのには適していないというところから始まっていて、篠田さんが撮影監督を務めた『世界の中心で愛を叫ぶ』はすごく参考にしました。この作品には現代と過去のパートでそれぞれ映像の色味を変えたり、印象的なカットを3つくらい入れるような「映像的な強み」があって、『少女邂逅』にもそういった他作品とは違う「映像的な強み」が必要だと思っていました。

――その「映像的な強み」というのは、『少女邂逅』のどの場面になりますか?

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